今日は僕が出すよ
お正月やバレンタインデー、ハロウィンといった、何かのイベントがある際、飲食店では特別なメニューが出されることが多い。
特にクリスマスやその前日のクリスマス・イヴでは、恋人たちをおもてなしするために、いつもと違うより高価でおいしいメニューを準備するところが多いだろう。
この洋食レストランでも、いつもはリーズナブルな洋食を提供しているが、今日、クリスマス・イヴでは特別メニューが準備された。
決して高級なレストランではないのだが、その甲斐もあって、クリスマス・イヴのこの洋食レストランは、予約でいっぱいとなった。店は客の期待に応えるためにも、クリスマスらしく赤と白をベースにした、精いっぱいの飾りつけをした。
クリスマス・イヴ当日は、既にランチタイムから大盛況で、従業員は丁寧な接客を心がけながらも、調理場では戦場のようにあわただしくしていた。
そして夜、時刻はあたりが暗くなった午後六時頃。この時間から、予約していたディナー客が次々と店へと入っていく。
クリスマスでにぎわう街から少し外れたところに、小さな洋食レストランがある。そこに、一組のカップルがやってきた。白いスーツを着た男がまず席に着き、赤いセーターを着た女を向かいに座らせる。
この店ではクリスマスの期間中に、普段はメニューに並ばない特別メニューを出していた。男が接客係の従業員にその特別メニューを注文すると、しばらくしてコースのグラスワインが出てきた。三十席ほどの店内はすでに満席であり、従業員があわただしく動き回っている。
「とりあえず、乾杯と行こうか」
そういうと、男と女はグラスを取り乾杯をすると、ともに一口ずつワインを口にした。
「素敵なお店だけど、今日はどうしてここを選んだの?」
女は店内を見回しながら言った。クリスマスにちなんで、サンタクロースをイメージした赤と白を中心とした装飾、そしてところどころにあるクリスマスツリー。高級なお店とは違った、騒がしくも落ち着きのある店内は、クリスマスを過ごすカップルには最適な場所になるに違いない。
「今日はこのレストランで、特別メニューが出されるって聞いて。だから、どんなものかな、って思って来てみたんだ」
「ふうん、今日が初めてなんだ」
女が話していると、スープとサラダが運ばれてきた。メニューを見ると、このレストランでは何種類かのスープがあるようだが、特別メニューのためか、ここに書かれていないコーンポタージュスープが運ばれてきた。
なかなか会話が続かず、男と女はもくもくとサラダを食べる。途中、早くから来ていた客が会計に向かい、従業員がテーブルを片付けると、しばらくして新しいカップルが入店してきた。
「それにしても混んでいるわね。今日はクリスマスだからかしら」
「イヴ、だけどね。普段も結構お客さん多いらしいよ」
「へぇ、そうなの」
「このサラダだってスープだって、おいしいじゃない」
「別に、サラダの味でいい店かなんて、私にはわからないし」
そう言いながら女がサラダを食べていると、メインのローストビーフとバケットが運ばれてきた。
男がローストビーフをナイフで切り分けて口に運ぶ。
「うん、おいしい。やっぱりこの店はいい店だね」
「そうかしら? ほかの店と大して変わらないと思うけど」
女はローストビーフを食べながら、はぁ、とため息をついた。
「この調子じゃ、今日あなたからもらえるプレゼントも、あまり期待できないわね」
「そんなことないよ、多分」
「多分? そんなに自信ないのかしら」
女はフフッと笑うと、ローストビーフの切れ端を口にした。
デザートと食後のコーヒーを飲む頃には、客の入りも少し落ち着いたようだ。客の入れ替わりが少なくなり、空席がちらほら見え始めた。従業員たちの動きも、帰った客のテーブルの片づけが済んだ後は、実にゆっくりとしていた。
食後のデザートであるイチゴのタルトを食べながら、女はまた一つため息をついた。
「これから仕事なんて、やってられないわね」
「まあまあ、今日は仕事があるからこうやって食事しているんじゃないか」
「それはそうだけど……気が乗らないわ」
そう言って女はコーヒーを飲み干すと、「さて」と持っていたハンドバックを開いた。
「あ、今日は僕が出すよ」
男は女にそう言うと、会計をはさんだボードを手に取り、レジに向かう。女は、「じゃあ、よろしく」と男の後について行った。
混んでいる時には従業員を呼ばなければレジにいない状態だったが、客足がゆるくなってからは常時レジに従業員がつくようになっていた。
男が従業員に会計ボードを手渡すと、従業員は慣れた手つきでレジを叩く。
「お会計、一万五百円です」
男はそれを見て内ポケットに手を突っ込むと、素早くレジにいる従業員の後ろに回り込んだ。
「おとなしくしろ、金を出せ」
一瞬何が起こったのかわからず、従業員はぽかんとしているだけだった。のど元には男の手に持ったナイフがあり、その冷たい感触でようやく事態を理解した。
「た、助けてくれ!」
「おい、客も従業員も全員動くな! レジの金すべて渡せ!」
男がそう言うと、レジにいた従業員は慌ててレジを開け、震えながら金を男に手渡した。
騒ぎを聞きつけ、店の奥から次々と従業員が出てくる。しかし、人質がいるせいで身動きが取れない。
隙を見て電話で通報しようとするも、それを見ていた女が男に知らせ、「妙なことはするな」と人質にナイフを突きつけ、従業員や客を脅す。そして、男は「金庫の金も持ってこい」と、従業員に怒鳴りつけた。
持ってきた金を、女の持っていたハンドバッグに入れると、男は人質の従業員を入口まで連れて行き、店から出ると突き放して女とともに逃げ出した。そして、近くに停めてあった車に乗って逃げ去った。
「ふう、今日の仕事もうまく行ったな」
「まったく、いつも私が油断させて人質取ってるから、うまくいくかどうか心配だったわよ」
「大丈夫だよ、いつも君の動きを見てるからね。ところで、僕のプレゼントのほうはどうだったかな」
「……たったの三十万ぽっち。だから飲食店は嫌いなのよ」
「まあそう言うなって、店にとってはとんだサンタクロースが来たように見えるんだから」
ショートショートを書く上では、「一度目に読んだ時と二度目に読んだ時では印象が違う」というものを書きたいと思っています。つまり、最初は読者が持っている知識による、先入観込みで素直に読んで楽しんでもらい、二度目はオチを理解した上でそういう視点で読んで楽しんでもらう、ということです。
そのためには、いかに読者の先入観を維持させるか、一度目にオチに気付かれないかということが重要になります。結構難しいんですよね。
今回もコンテストは選外。やっぱりこういうのはあんまり好まれない気がします。