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ジョシュア短編集

電脳の勇者様

作者: ジョシュア

 VRMMOゲームが流行して少しした頃、あるファンタジーゲームを始めた。有名なメーカーが全力を注いで開発したもので、世間を大いに騒がせた。運よく私はそのゲームを手に入れることができた。

 しかし、そのゲームで私はいわゆる、デスゲームと言うやつに巻き込まれた。

 ゲームの世界に閉じ込められる。私たちを閉じ込めたモノが言うには、それは「新しい世界を与えた」ことらしい。

 それはとても恐いことだった。家族ともう会えないなんて、私には耐え切れなかった。

 周りの友達にはVRMMOゲームをしていることは話していなかったし、ゲームの中でくらい、リアルのゴタゴタとした人間関係から逃れたかったからだ。

 パーティはいつも即席で組んでいて、後腐れのないようにしていた。ギルドなんて以っての外だ。ゲームの中でまで変なしがらみに捕われたくない。

 私は女の子だから、男の人にオフ会に誘われたこともある。会うのは恐かったから参加はしなかった。そのうちに「付き合いの悪いユーザー」と言うレッテルを貼られてしまった。

 それが仇になった。私は一人だった。みんながギルドの仲間やリアルの知り合いに頼っていく中、私は誰にも声をかけられることはなく、そして誰にも声をかけることはなかった。

 悔しくて寂しくて。だから、ソロだけれどもせめて、トップを走りたいと思った。

 孤独よりも、孤高になりたかった。





 デスゲームになってからしばらくして、多くの人が動き出した。命を懸けて攻略して行く者。命は懸けたくなくとも、生産系プレイヤーとして支えてくれる者。

 そんな中、私はあるプレイヤーと知り合った。攻略プレイヤーの中でも比較的早くに始めた私よりも、さらに早く攻略し始めたプレイヤーだ。名前を聞けば、他のゲームでも活躍していた、かなり有名なプレイヤーだった。

 男の子、だろう。中性顔に設定している者の多い男性プレイヤーの中でも、珍しく精悍で大きな見た目に設定している人物だった。言動は少し子供っぽく、高校生の私よりかは、いくつか年下だろう。もしかしたら、小学生かもしれない。

 同じ攻略プレイヤーとして、何度かパーティを組んだ。情報の交換も何度もした。ダンジョン攻略の打ち上げのときには、端っこで他のプレイヤーに声をかけられている私に気を遣ってくれた。

 それでおいて、誰よりも生き生きとしていて、前線を引っ張っていく。ギルドとかパーティとか抜きで、彼は立派なムードメーカーだった。

 そんな彼と、私は時々お茶会をする。お互いソロプレイヤーであるという共通点から、親近感が湧いていた。

 その一席で、彼とこんなことを話した。


「まさか、自分が巻き込まれるとは思いもしなかったよ。小説の中だけだと思ってた」


 彼は、デスゲームに巻き込まれるまではよくネット小説を読んでいたという。かつて『小説家になろう』と言うサイトで大流行したというVRMMOのデスゲームものも幾つか読んでいたらしい。

 こうしたものがあるからには、ゲーム会社や政府も警戒してくれるだろう。彼はそう思ってVRMMOゲームをやっていたらしいが、現実に起こってしまったことに驚いていたようだ。


「ゲームの世界に憧れてた?」


 私だって想像したことはある。ゲームの世界で剣を振って、魔法を使って、レベルを上げて、そうすればどんなに楽しいんだろうって。


「気持ちはわかるよ。でもね、上手くいかないから、上手くいったとき嬉しいんだよ」


 そう言った彼は、とても眩しく見えた。

 尊敬の念を込めて「勇者様」って呼んだら「やめて」って言われた。





 ゲームに閉じ込められて一年が経った。その頃から攻略ペースは失速し始めた。何人ものプレイヤーが死んでしまったのが原因だと思ったけど、そうではなかった。

 みんな、この世界に納得し始めたんだ。

 努力はレベルと言う形で目に見えて報われる。何をどれくらいすればいくらお金がもらえるかわかる。家の購入も簡単。どんな食べ物を食べても体調は変わらない。

 何て都合の良い世界。理想郷とすら思う。


「もう……やめようよ」


 私が勇者様に言ったら、彼は驚いた顔をしていた。


「いつ終わるかわからない戦いなんて、嫌! 私たちのレベルなら、お金なら簡単に稼げるし、料理スキルだって上げてるからおいしものも食べれるし……」


 何が何だかわからないまま、言葉を並べていった。だって、そうだ。みんながここから出ようともしないのに、私たちだけが頑張る必要なんてない。

 私だって、本当はここから解放されるために戦っているわけじゃない。友達も家族もいないここで。自分が自分である証拠が欲しかった。一番前に居たくて、戦ってた。

 そしたら勇者様は、少し怒ったような顔になって、そして寂しそうな顔になった。


「ごめん……」


 誰よりも彼が頑張っていると言うのに、私は何を言っているんだろう。惨めな気持ちになった。そんな彼と知り合えて良かったと思えたのに。

 でも、さっきの言葉は紛れも無い本音だった。戦いに疲れてしまっていたのだ。一年間、何の心の支えもなく戦うのは、想像以上に精神を磨耗していた。

 勇者様はふと、私の手を掴んだ。驚いて見上げると、ゲーム内でも珍しい精悍な顔があった。


「オレの手はあったかい?」


 言われて、気づいた。全然温かくない。触れられているのに、触れられているという感覚しかない。温かさも冷たさも、まったく感じなかった。

 途端に、私はとてつもなく気持ち悪くなった。吐き気などではない、生理的嫌悪感が襲ってきた。

 目の前の彼が、まるで無機物のように思えて、生き物のようには見えなくて、それが話しかけてきて。


「オレたちは……生きてるのかな。こんな手で、生きてるって言えるのかな」

「それ、は……」

「生きるって、もっとあったかいものなんじゃないかな」


 勇者様は私の手を握る力を、少しだけ強めた。強化されたステータスを理解しているのか、痛くないギリギリの力だった。


「生きるって、息を吸って、手で温度を感じて、地面に足をつけて、世界を広げて……そういうことじゃないの?」


 その言葉で、今度はこの世界が気持ち悪くなった。ここで一年以上を過ごしたと言うのに、初めて気づいたものがあった。

 草原で寝転がっても臭いがない。自然がたくさんあるのに空気は美味しくない。水はどこでも同じ味。どんな料理も好みの味は出せない。土を弄っても温度はない。風が吹いても気持ち良くない。太陽に照らされても心地良さがない。

 そして、この世界には……果てがある。

 何て無味乾燥な世界なのだろう。こんな世界を、現実として受け入れようとしていたなんて、穴があったら過去の自分を入れて腐敗させた後アンデッドになったそれを斬り捨てたい。

 次いで思ったのは、勇者様の気持ちの温かさだった。彼の生きるという意志が、何よりも温かく感じた。

 敵わないなぁ。強いなぁ。いくらステータスを鍛えたって、きっとこの勇者様には勝てないんだろうなぁ。

 勇者様なら、終わらせてくれる。この世界(ゆめ)を破って、現実に戻してくれる。

 そして、勇者様の温かさにずっと触れていたい。私はそう思った。





 私と勇者様は、あるギルドを発足させた。名前は『リトル・パイオニア』。小さな開拓者を名乗る私たちは、現実にあるはずの未来を切り開くために戦うことを誓った。

 攻略組から陥落したギルドの中で、そのギルドの方針に燻っている人たちに声をかけつづけた。

 最初は今まで共にしてきた仲間のためにと渋っていた彼らも、次第に私たちのギルドに入ってくれた。

 それどころか、かつて私と勇者様と組んだギルドのリーダーが合流してくれた。

 リアルを捨てて、ゲームに没頭する人達がたくさんいる。でも、現実に帰りたい人達もたくさんいる。

 家族のため、恋人のため、会社のため、積み重ねた時間のため……どんな理由でも、戻りたいと言う気持ちは変わらなかった。

 攻略ペースは変わらなかった。だけど、決して失速したりはしなかった。

 勇者様が叫んで、みんなが勝鬨を上げる。確実に進んでいる。現実へと、未来へと、進んでいる。

 途中、どうしてそんなに必死になるのか、と言ってきて、妨害してくる集団もいた。

 ゲームの世界でも良いじゃないか。今いる場所が現実だろう。リアルなんてクソゲーだ。

 そのたびに勇者様は言った。「生きたい」と。生きてるってことを証明したいと。

 私たちはそうして、前へと進んでいった。





 ついにラストダンジョンを突破して、最終ボスの手前までやってくる。

 この日のために、各自が一週間ほどを使って準備をしていた。回復アイテムも各種揃え、フォーメーションなども確認していく。

 最終ボスの偵察はできないことになっており、相手の傾向を伺うことができない。完全に出たとこ勝負だった。

 ボスに挑む前に、私たちは連絡先を交換していた。ここまで共に戦ってたきていた者同士、一体感が生まれていた。戦友というやつだろう。

 私は女の子だけど、その響きに少し心が動かされた。現実でもあまり積極的に他人と触れ合ってこなかった私でも、お世話になった鍛冶屋の人や商人の人、同じギルドの人と交換した。

 医療に詳しい人が言うには、目覚めたばかりの私たちは肉体的に衰えてしまっていて、また精神的にも不安定になるらしい。記憶と現実の時間が一致せず、混乱しとしまうとも。それからも元の社会に溶け込むのは大変だとも。

 だから、いつかまた会おうと約束をした。そのいつかが来るまで、頑張ろうと。

 勇者様はメールアドレスと利用しているSNSのアカウントを教えてくれた。帰ってから使えるかはわからないけれど、とも言って。私もメールボックスの暗証番号があやふやになっている。


「VRMMOって、どうなると思う?」


 唐突な質問だった。前々から意識していたことでもあったので、私は少しだけ考えを整理して、答える。


「たぶん、禁止されると思う。ダイブ技術そのものが、一般人の間だと使えなくなるかも。病院とか、軍とかなら使えると思うけど……」

「オレもそう思うよ」


 勇者様の意見は私の意見とほとんど同じだった。もちろん、技術が発展しこの事態を起こさないようにできるかもしれない。それでも大幅に規制される可能性は高い。


「ちょっと、寂しいかも」


 私の呟きに、勇者様はまばたきをする。


「恐くない?」

「恐いよ。でも……この世界にも、思い出があるから」


 現実で生きたい。この気持ち悪い世界から抜け出したい。その気持ちはあの日から変わってない。

 けれど、ゲームの中であっても、ここで時間を過ごしたのは紛れも無い事実なのだから。


「そっか……そうだね。オレもキミに出会えたし」

「さらっと言うね……」


 二人でクスクスと笑って、手を繋いだ。それを合図にしてギルドのメンバーも集まってくる。メンバーで手を繋いで輪を作る。これが私たち『リトル・パイオニア』の儀式だった。

 この手の温もりを、本物にする。そう決意するために。それを忘れないために。





 死闘に次ぐ死闘。いくつもの怒号、悲鳴、サウンドエフェクトが響く。誰よりも叫んでいたのはやっぱり勇者様だった。

 そしてついに、剣がボスの体力を削り切る。ライフバーが最後の一ドットまで消滅してしばらく、私たちはそれに気づくこともなく攻撃を繰り出していた。

 静寂に包まれ、全員の動きが止まる。ボスを構成するポリゴンが消えて、『Congratulations!』のエフェクトが表示されてもまだ、私たちは勝ったことを理解できずにいた。

 誰かの呟きから、ようやく勝利したことを知った。勝鬨なんて誰も上げなかった。あちこちから啜り泣きが聞こえてくる。

 勝った、死んだ、帰れる、ちくしょう、やった、どうして。

 色んな言葉が聞こえた。帰れることを純粋に喜ぶものや、亡くなった戦友を悼むものもある。

 私はどちらでもなかった。どうしてか、勇者様を探した。彼は生きているのか、いや、生きて帰れるのか。現実で、生きることができるのか。

 こちらに歩み寄ってくる人がいた。HPバーを真っ赤に染めた勇者様だ。ダメージによるエフェクトか、まさに満身創痍といった姿だった。

 声をかける前に、勇者様は私を抱きしめた。ゲームだから肉体的疲労はないはずなのに、力が抜けている私を支えるように。


「ど、どうしたの?」


 私の疑問の言葉は、無視される。勇者様は私の顔を、悲しそうな、泣きそうな顔で見つめてくる。

 そして、気づけば唇が重ねられていた。優しくなんてなかった。荒々しく、私を求めるように。

 だけど、どうしてだろう。人肌の温もりが存在しないこの世界で、彼の唇は、とても熱く感じられた。





 ゲームクリアの結果、私たちは解放された。目覚めたときの、病院特有の薬の臭いや、蛍光灯の光の眩しさはいまでも覚えている。長い間寝たきりでやせ細った身体は、触れれば簡単に折れてしまいそうな枯れ枝を彷彿させた。

 前は少し太ってたっけ、と二年近く昔のことを思い出す。痩せるのは大変だが、太るのは簡単だ。理想の体型にできるチャンス、と同じ病院に運ばれたらしい、デスゲームに巻き込まれた年上のお姉さんと笑っていた。

 そうやって笑ったり話したりするまで、死にそうなリハビリがあったけれども。

 二年間勉強から離れたため、取り戻すのは大変だった。結果として高校に入学し直すこととなり、リハビリ期間を含めて同い年の人達と三年以上離れてしまった。

 だけど、それからの毎日は、とても充実していた。毎日悔いのないように。昨日に後悔しないように。明日に憂いがないように。そうやって意識して過ごしていた。

 家族は不思議そうな顔をしていた。笑うことが増えたのがとても嬉しいらしい。以前の私よりずっと素直で別人の様だと言っていた。

 前は違う。好きでもない人達と「友達」と言われれば共にいて、面白くもない話で笑っていた。気遣いと言う名の悪口への便乗もしていた。

 今では、本当に好きな人たちと話しながら過ごしている。学校で少し浮いてる人たちは、個性的でとても面白かった。一番浮いてるのは私だけど。

 オフ会も開催され、デスゲーム時代の友人たちとも再会して、あれからの経過を話していた。女子会と呼んでいる女性プレイヤーだけの集まりも開いていた。

 そんなこんなで、楽しい日々を過ごしている私だけど、一つだけ不満がある。

 勇者様とまだ会えてないことだ。

 ゲームの中で、アメリカからアクセスしている、って聞いたことがある。プレイヤーは日本人が多かったが、有名な会社のゲームなので、少なからず外国人もいるようだと勇者様から聞いていた。彼はその中の一人らしい。時間も状況も、私たちとは違うかもしれない。

 そういうことで、オフ会でも勇者様に会うことはできなかった。

 ……と、言うのは表向きの事情だと思う。私は、勇者様には私たちに会えない理由があるんだと考えている。

 それでも会いたい。周りからはいろいろと冷やかされてるけど、私は本気だ。

 その旨をメールで聞くと、返事がくる。


『本当に良いんだね?』


 勇者様がどんな姿だろうと構わない。私は彼に会わなければならない。最後の、あの表情の理由を知りたいから。

 彼が会いに来ない理由については、いくつか考えられる。でも、例え腕がなくたって、足が動かなくたって、目が、耳が使えなくたって、精神的な病だったとしたって私は構わない。

 それほどの覚悟は決めていた。






 少しして、私は教えられた住所に従ってアメリカへ向かった。海外へ行くことは何回かあったが、一人で行くのは初めてのことだった。

 不慣れな場所ではあるが、拙い英語を使って何とか目的地へと向かうことができた。

 勇者様の家は都会からだいぶ離れた、大きな一軒家だった。お金持ち、と言うよりかはこの地域では大きな家に暮らすのが普通のようだ。

 出迎えてくれたのは、勇者様の父親だった。不思議と、ゲームの中で設定された勇者様のアバターにそっくりであった。

 話は聞いているよ、と言って彼は私を歓迎してくれた。私の活躍を、勇者様は父親に熱く語っていたらしい。それはとても照れ臭かった。

 勇者様はどこにいるのか、と聞くと、彼は覚悟を決めたような顔になり、私を地下室に連れていった。

 そこにあったのは、大きなサーバーだった。いつかニュースで見たスーパーコンピュータもかくや、と思えるほどのものだ。

 生活をする上で、こんな容量のコンピュータは必要ないだろう。きっと仕事の関係に違いない。


『ああ、来てくれたんだ』


 合成音声が響く。不快ではないが、生身の人間が発する音ではない。

 そしてその言葉は「来てしまったのか」とも聞こえた。


「もしかして……」

『うん、オレだよ』


 私が言うよりも前に、彼は肯定した。


「どこにいるの?」

『……キミの目の前だよ』


 ようやく、気づいた。いや、薄々わかってはいたが、それをようやく受け入れた。

 この大きな部屋一面にあるサーバー群が、勇者様なのだ。


「そんな……どうして」

『話せば、少しだけ長くなるかな』


 そう言って勇者様は少しずつ、自分のことを語りはじめた。





 今から十年前、勇者様の家族は交通事故に遭った。完全に悪いのはぶつかってきた側であり、勇者様の家族には何の非もなかった。

 母親はその事故で亡くなり、勇者様は寝たきりになってしまった。神経を傷つけてしまい、生きているのでやっとの状態だった。

 それからしばらくして、勇者様は死を望むようになった。寝たきりなんて、死んでいるのと同じだと言って。

 そこで勇者様の父親は、その想いが――あるいは狂気が――ある機械を生み出した。それは『魂を転写する機械』。情報の塊になって、永遠と生きながらえる禁断の機械だ。

 父親はこっそりと、その機械を使った。勇者様へと。

 結果は成功だった。コンピュータの中で、勇者様は生きていた。父親も勇者様も喜んだ。

 そしてすぐに勇者様の「本当の」肉体が死んでしまった。いや、父親が殺したのだ。

 そこでようやく、父親は自らの過ちに気づく。転写されたそれは「本当の」息子ではない。それは承知している。

 しかし、それは「本物の」息子なのだろうか。生きていると、言えるのだろうか。

 勇者様は父親の疑問に答えるべく、様々なことをした。電子書籍を読みあさり、ネット小説もたくさん読み、映画も音楽も見ていった。幸い、眠らなくても生きていられる身体だ。時間は無限にあった。

 そんな中、勇者様には不思議な世界があった。VRMMOゲーム。彼は父親に頼み、いくつものゲームを買った。

 ある世界では、村を営み見せ合う場所があった。

 ある世界では、モンスターを狩っていく場所があった。

 ある世界では、銃などの兵器を互いに突き付け合う場所があった。

 そして……剣と魔法の世界があった。

 小説にあったことを、現実で体感していく世界。それは魅力的に映った。

 けれど、勇者様は違った。彼にとってその世界は現実であるが、プレイヤーの言う「リアル」は勇者様からしたら異世界であり、元は現実なのだ。

 しかしプレイヤーは、その「リアル」を捨てているかのように楽しんでいた。そう、ゲームという虚実の世界で生きようとしていたのだ。

 勇者様は、それが信じられなかった。わざわざ情報量の少ないゲームの世界に重きを置いている彼らを。

 そうして悩んでいるうちに、ある“声”が話しかけてきた。

 その“声”もまた、このゲームの世界で多くの時間を過ごそうとしている人間たちに辟易しているのだと言う。


『なあ、一つ勝負をしないか?』

『勝負?』

『そう、勝負だ。あるゲームで、デスゲームを行う。そこでお前が最後まで生き残って、デスゲームを終わらせたらお前の勝ち。もし全員がリアルに帰れなかったら、お前の負け』


 勇者様はその勝負を受けた。父親に話し、“声”の野望を止めるため、そして「生きる」ことの答えを見つけるために戦うことを決めた。

 そして……私に出会ったのだ。





『オレはキミと一緒にいて、生きてほしいって思ったんだ。……キミが、答えだったんだ』


 勇者様はそう言った。ありきたりな言葉だけど、彼が言うとそれはとても重いものだった。

 勇者様が言った、VRMMOゲームの世界が本物ではない……温かさがないというのは、彼が本当に、ゲームの世界に囚われているからなのだろう。

 だから、勇者様にはわからなかった。現実の世界の方が圧倒的に充実しているはずなのに、なぜ虚構の世界を望むのか。

 彼の最後の悲しそうな顔と、キスの意味がわかった。ゲームの世界が失われると、私に触れることも、会うこともできない。それがなによりも寂しかったのだ。

 そして勇者様が手に入れた真実。ずっと求めていた答え。それが。


「……私のことを」

『好きだ、ってこと』


 偽物の世界、偽物の魂でも大切なものがあった。そこに思い出があって、想いがあって、それを持って現実で生きてほしいの願うこと。

 勇者様は、自分の存在を、現実で生きている私に刻み付けたのだ。

 私の中で、生きるために。

 私のことを、生かすために。

 それから長い沈黙があった。私はあまりのことに呆然としていたが、不思議と勇者様を否定する気持ちにはならなかった。


『……お願いがある』


 勇者様は突然そう切り出した。


『キミにオレを……消してほしい』

「……え?」

『生きている人に、好きになった人に……消してほしいんだ。永遠にここにいて、電気が止まったり、機械が錆びたりして終わりだなんて、嫌なんだ』


 私は自分の唇が震えているのを感じた。

 だって、自分で自分の好きな人を消すなんて、そんなの性的倒錯だ。

 でも、やらなきゃいけない。誰よりも生きることを知っている彼をこのままにすることの方が、あまりにも残酷だから。


『キミは生きて。恋をして、結婚をして、子供を産んで……未来を作って』

「うん……」


 勇者様のできないことを、私がする。私は私として生きる。彼は私の中にいる。私の中で生きている。

 もう死んでしまった彼が教えてくれた「生きる」ということを、絶対に忘れない。


「絶対に、忘れない。キミがいたことも、教えてくれたことも。……末代まで、語ってやるんだから」


 そう言って、一つのコンソールに近づく。表示された画面にある選択肢。


 《データを全て、消しますか?》

 《いいえ》《はい》


 私はそれに指を伸ばす。勇者様を殺すために。

 押した瞬間、次々に画面にウインドウが表示され、データが消えていく様子を逐一報告する。

 全てのデータが消えたとき。


「ありがとう」


 そんな言葉が、耳に聞こえたような気がして。

 私はゆっくり、一つのサーバーに近づいた。

 そしてそれに、キスをした。端から見れば、異常な人間だ。

 じゃあ何でしたのか。答えは簡単だ。

 まだ彼の温もりが残っているのを、感じたかったから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この勇者様だからこそ、現実世界の面白さ、素晴らしさが煌めく。 それは、彼にとって、とてもとても、眩しい世界だから…。 [一言] VRMMOという存在が香り付けで終わらず、確かな存在感を持っ…
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