殺人鬼の報復 1
〜さあ、バトルロイヤルの始まり始まり〜
殺して晒して並べて千切って
さあ、愉しい虐殺の始まりよ?
ほらあんなとこにもそんなとこにも
柔らかいお肉がたぁっーくさん!
喉元、わき腹、太もも、顔面
恐怖に染まったお顔や悲鳴
アタシ、とっても大好きなの!
そのため刀でアタシは今日も
大殺戮を始めまーす!
◇◆◇◆◇◆
「うふふ、うふふふふふふふ」
白いシャツにグレーののスカート。キャスケットを目深に被り、左に黒い横髪を一房残し、残りは全て帽子の中に入れていた。身の丈に合わない大きな刀を振り回し、左手には外見にそぐわないぬいぐるみがついている。
その女は狂気に気を委ね笑っていた。
「た、助けてくれぇ……」
白いシャツ、明るい色のスカート、白いニーハイソックスには真っ赤な血がべっとりと付いていた。
もちろん、大きな太刀にも滴るほど付いていて、宙に浮いた鋒から地面に小さな池を作っていた。
「……それはどうだろう……、面白かったらやめてあげてもいいかな……?」
女と言うよりは少女の声質で言い、キャハハと狂乱じみた笑いを付け足す。
助けを乞うた男は土下座をする体勢をとった。
「この通りだ! 頼む! おらが居なくなったら、妻子が路頭に迷うんだ! おねげぇだ!」
「……大丈夫」
彼女は無様に土下座を晒している男の脳天を刀で突き刺した。
切れ味がよっぽどいいのか、その刀はいとも簡単に貫通した。
ぶっすりと地面に刺さる。
「……貴方の妻子はもうとっくの昔に殺したから」
刀を抜くと、血と共に透明な液体が出てきて噴水を作る。
噴水が途切れた頃に頭をさっくりと二等分すると、白っぽくふわふわした血塗れのモノが出てきた。
その少女は一つ摘まんで口に運んだ。
「……ふふふ、これこれ。最大限の恐怖を与えた脳みそほど美味しいのよね……」
一口、二口、味わった後、彼女は立ち上がった。
そこにはそこにいる全員が、全員が横たわっていた。
血の池に沈んでいる、村人たち。
辺りに漂う濃密な血の香り。
少女は一つ、深呼吸をした。
「ふふふ、いい仕事をした……」
全く返り血の付いていない“彼女を模したぬいぐるみ”の口に血生臭い刀を押し込むと、ある地点でかき消えた。その代わり、そのぬいぐるみの口元には大量の血が付着していた。
以前殺したと思われる冒険者の鞄をまたもやぬいぐるみから取り出しさらにそこから二、三個冒険者鞄を取り出した。
「……きれいな、売れそうなヤツは有るかな……?」
教会――といっても、木造だが――の前にある大きめの広場にいた彼女はまずその教会に入っていった。
創世神レサトを祀るその教会にずかずか入り、土足で祭壇まで上がる。
例えどんな極悪人でも、神を信じる者はけっこういる。信仰心は全くないのではないか、そう思えるような振る舞いだった。
「この像は、貴族に売れる……、ご飯にできるお供え物は……少ない……か。……お布施、少なっ! こんなんで神父は生活してけたのか……? あ、裏口も探さなきゃ……」
少女は土足で丁寧にめぼしい物を探し、傷つかないように冒険者の鞄に詰め、この村の全家屋を調べ終わるのに五時間は掛かっていた。
その間にも人肉のつまみ食いは行われていたという。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅ。こんな時間になってしまったか……」
少女は空を見上げながら言った。
西の方の空には橙色に染まった太陽と東の空には青白く光る月が丸く、欠けることなく出てきていた。
「ふわぁー……ねむっ」
少女は拙い足取りで街道を歩く。
もう、村はここから十数キロは離れている。
とっくの昔に服は奇抜なものではなくなっているが、体に染みた血の匂いは簡単に拭い去れるようなものではない。香水なんかで人間の鼻は誤魔化せても獣、魔物の鼻は誤魔化せない。
『グウウウウウウ』
幽かな血の匂いに誘われて獣が出てきたようだ。その数なんと二十匹超。ソロならギルドレベルCでもおかしくない数。
百戦錬磨の騎士様や勇者様ならともかく、線の細いか弱い少女が相手するには多すぎる。
但し、生憎、……残念ながら、その少女には当てはまらない。
「……ありがとう」
さっきとは違い、刀ではなく肉厚な大剣――刃渡り一メートルを越えていそうな――を構え無言で走り出す。
――横凪ぎ一閃。
駆けてきた獣の内、先鋒の三匹を戦闘不能にした。残りの先駆けもその勢いで叩き潰した。
光の粒が舞い上がる。
数秒後、遅れてきた主力隊。その数十三匹。
一、二、三、四、五。
右、左、縦、斜、刺。
刺した狼を蹴り、そのまま空へ一回転。刺した狼は光となり、この世から存在が消滅した。
十数キロはあるであろう大剣を持ちながら、十メートル地点を境に地に降りる。
地には残りの七匹と、様子見で周りを取り囲んでいる狼が見えた。
「はぁっ!!」
落下しながら一メートルのリーチを生かし、落下点にいた狼の腰をぶったぎる。
すぐさまそれは光と化し、残り少ない高さで着地、地に左手を着くものの、右手は目前の狼を切り裂く。
前から、右から、左から向かうヤツは剣を使うが、同時に襲うヤツは蹴り、足を使う。
ブーツにはオリハルコンで強化がなされているため、狼の腹を蹴っても痛くないどころか、軽く腹に穴を開けた。
「……あれ、もう終わりか?」
周りを取り囲んでいた後続部隊はいつの間にか姿を消していた。
片足を腹に穴を開けた狼に乗せ、刀を首に充てていたのだが、拍子抜けした際に重心のコントロールを間違え、ぐちゅりと狼の腹を踏み潰してしまった。
「うえ」
人間とは違う骨ばっていない生の肉の感触に声をあげるものの、狼はすぐに光の粒と化した。
二、三秒後、空に昇っていく光を確認して少女は街道を進んだ。
「ふわぁ……」
◇◆◇◆◇◆
「あ、川だ」
少女は川を発見したようだ。
少女は服を脱ぎブーツを脱ぎ、一糸纏わぬ状態となった。
きちんと畳まれた服の中から冒険者鞄を取り出し、それに手を差し入れる。
果たして彼女の手の中に納まっていたのは剃刀だった。
人差し指と中指の間に挟まれたそれは持ち手がついた安全剃刀ではなく、単なる刃だけの剃刀だった。
「ふぅ……」
少女はザブザブと川の中に入っていく。この宵闇の中、彼女を見ている者は誰も居ない。魔物、獣でさえも近寄らない。
狂気を感じ取っているのだろうか、狼の遠吠えや梟の鳴き声さえ聞こえない。聞こえるのは川のせせらぎのみ。
ピシャパシャと水を掬って体に掛けている。まだそれほど膨らんでいない胸や、ぺたりとへこんでいるお腹にきらきらと光る水が掛かる。
ばしゃっと大きく髪の毛に水を掛けてから、少女は手にしていた剃刀を持ち直した。
いつの間にか左手が切れて出ていた血をペロッと舐め、剃刀を薄い胸板に当てる。
彼女の胸から腹にかけて、何か焦げ茶色のモノが付いていた。
剃刀をそっと当てると、はらはらと散っていく。
それは、体毛。毛、だった。
白い肌を汚すように茶色の毛が生えていた。
それはあたかも炎のように、焔のように、生えていた。
剃刀を滑らせると、その場所にあった毛がはらはらと散る。
少女に似つかわしくないその野蛮な体毛は水面に落ち、流れていく。
「……めんどくさいけど、やらなきゃヤバいしなぁ……」
馴れた手つきで毛を剃っていた。背中に生えた毛も、体をねじって剃っていた。
あらかた剃り終わったあと。
突然、しゃがみこんだ。
「……ぶぶぶぶぶ」
「……ぶぶぶ……ぶはっ!」
「ぷひぃー……」
なんのことはない、ただ川に潜っただけだった。
ついでに魚を二匹、片手に一匹ずつ鷲掴みしていた。びちびちと動いている活きのいい魚だ。
「ふー……」
ばしゃばしゃと膝下ぐらいの川の水を漕ぎ、川岸に上がる。
荷物は普通にそこにあった。少女は近くにあった石に腰掛け、魚を生で食べる。ぴちぴちと跳ねる魚に歯を突き立てると、歯の刺さったあたりから血が吹き出て、次第に動かなくなってしまった。
くっちゃらくっちゃらと噛む音がした。時折、ボリボリと骨を砕く音も聞こえた。
あっという間に食べ終え、口の周りがとても汚れていることに気がついた。血塗れだ。
ふーと鼻でため息をつき、顔を川で洗った。
しぴぴっと獣のように体の水をふるい落とし、所々濡れたまま服を着る。
さっきと同じ服、動きやすそうな暗めの赤色のチェックスカートに白のTシャツ。動くたび、チャラチャラと鳴る鈍色の鎖もチャームポイントだ。
ちなみに、黒のブレザーは着ていない。その理由を聞くのは野暮であろう。
「ふわぁあああー……えっくしっ!」
冒険者鞄――女の子らしく、赤色の革製のポーチ――を腰に着けたまま、木の上に向かっていた。
くしゃみをしていたようだが、彼女についての噂が流れていたのだろうか。
スルスルと慣れたように、瘤に手を掛け足を掛け木を登り、ある程度高さのある木の股で眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇◆
「ふわぁ……うにゅにゅ……」
おはようございます。
なんて声は聞こえないんでしょうが。
大きく口を開いてあくびをし、木の上から飛び降りた。
「んっんー……」
声を出してぐいーんと伸びをした。
朝の習慣のようだ。
「んあー……」
言葉にならない呻き声をあげてフラフラと前に進む。
まだ、完全に目が覚めていないようだ。
「ふげっ!」
川で顔を洗おうとして失敗し、Tシャツに水をぶちまけたようだ。小さな突起がぽっちりと出ているが、そんなことは気にしずに、濡れたことによってTシャツが肌に張りつくのを嫌がっている。
――キャーーーー……
うっすらと悲鳴がした。
「……ん?」
ピクリと耳を動かして、悲鳴のした方向、森の向こう側で太陽の出ている側に顔を向けた。少女は少し躊躇したあと、こう言った。
「……――〈テレポート〉」
シュンと軽いものが空を切るような音をたてて少女は消えた。
がさり。
少女は頭に葉っぱをつけ、不機嫌そうな顔をして茂みから出てきた。
少し位置指定を間違えたからだ。
悲鳴が聞こえたのはここから五百メートル圏内。テレポートをするよりも走って行った方が速く着く。
少女は正確に悲鳴の上がった方向に足を向けた。
◇◆◇◆◇◆
「イヤッ、やめてっ、嫌だからっ、本当にっ、離してっ!!」
巫女服の女の子は薙刀を振り回し男達を追い払おうとしていた。
「やめてっ、だっ誰か助けて!」
「そんなやつありゃしねぇさ。さっさと通行証出せやコラ」
「へっ、そうだな。さっさと出せよ。そうすりゃ悪いことはしねぇぜ」
二人組の男は下ひた笑いを浮かべつつ、そう言った。
巫女装束の女の子は涙目になりながらも薙刀をやたらめったらに振り回しているが、滅茶苦茶に振り回されている棒は避けるのも容易いほど大振りで速度も遅い。
「ふへへ……。つかまっちゃったよー……、どうするー、お嬢ちゃーん?」
後ろをとられ、肩を掴まれた女の子は鳥肌を立てる。いずれこうなる運命は分かっていたものの、いざそうなるとなると辛いものもあるのだろう。
「キャーーーーーー!」
女の子は叫んでしまった。かなり大きな声だったので、かなり遠くまで声が響いたと思われる。
「おら、そのお口は悪い子だな。そういうお口は塞がなくちゃ」
「んーーー! むぅーーー!」
誰が使ったかも分からないような汚っこい猿轡を噛ませられた女の子は叫ぶが、くぐもって遠くまで響かない。
「いっつっ! クソッ! こいつ蹴りやがった。おい、ヒモ持ってこいヒモ! 手と足縛るぞ!」
「んーーー! むめめむむめーー!」
女の子は抗議の声をあげるが、くぐもった声は男らに無視された。
麻縄で女の子の手足が拘束される。
「んーむーむー!」
芋虫のように暴れるが、男達にとっては屁でもないかのように肩に担ぐ。おい、ちょっと黙れと、男が尻を打つと女の子は口をつぐみ、暴れるのをやめた。
「お、そーいや……通行証。……忘れてないか?」
「おお、そうだったそうだった。お嬢ちゃん、お兄さん達に通行証を頂戴な? ほら、お嬢ちゃんは可愛いから、きーっと、高く売れるよ」
「んーーっ! んーーっ!」
節くれだった指が女の子の懐、つまり胸の間に入り込む。
わきわきと指が下品に蠢き、かなり大きめな胸に食い込む。
女の子は荷物のように肩に担がれているので、懐に手は入るはずもない。
「うへへ、俺にもやらせてくれよ……な、な?」
「仕方がないなぁ……ほれ、無いからお前も探せよ」
女の子の懐に男の武骨な手がさらに入る。襟の部分が開いて中の襦袢が覗ける。
「あん? お前さっきまで探してただろ! ちょっとどかせよ! 探しづらいだろ!」
「ああん? お前にも触ら……探させてるからいいだろう! 一緒に探した方が早く見つかるだろ?」
「何言ってんだ! ゴツゴツした手がおっぱい触っているときに触れると、なんだか気持ちが萎えんだよ! それにお前、肩におっぱい当たってるだろ? ずりぃーぞ!」
男達の醜い言い争いが勃発した。女の子の目には涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうだ。
「あー? 俺がわざわざ持ってやってんのによー。それよかさ、さっさと持ってかないとリーダーにどやされるだろ?」
「あ? んなことかんけーねーよ。女を担がせろや!」
「んーー! むーー! まーー!」
「やなこった」
「っんだとう? やるか、オラ?」
「……大当たり、と言うわけか」
女の子を抱えて喧嘩をしている男の二人組を見つけた。
「「誰だ!?」」
「むぅー?」
真っ黒な髪を切りっぱなしにしたロングヘアーの少女がいた。
「そのこ……瑠璃神宮の巫女ちゃんでしょ? ……放しなさい」
凄みのある声で男を怯ませてから、鈍色と赤の楯から昨日と同じ大剣を取りだし、女の子を担いでいる男の首筋に当てる。
一メートルを越える長剣ではあるが、ぴたりと制御された様は、まだ大きな剣でも大丈夫だと余裕を醸し出している。
「……巫女を放せ、さもなくば――」
「……ひぃっ!」
女の子を持っていない男は逃げようとしたが、少女は投げナイフを投擲した。
その男の様子を見ずに投擲したのは普通の人ではなかなかできないものである。
「――“ニンゲン”を滅ぼしてやる」
「はっ、はひ、はなしはふ、ははひまふから! どうか、どうか!」
女の子を抱えていた男は丁寧に地面に下ろした。
「さて、神妙にお縄につきなさい、ほらそこのやつも一緒に」
「ひぃーーーーーー! やめてくれぇーーーーーー!」
「はぁ? やめるわけが……ないでしょ?」
少女は女の子を抱えていた男を縛り上げ、女の子に刃物を取り上げるよう言った。
逃げ出した男を全速力で追う。
「ひぃっ! もうしませ、もうしませんから!」
少女の全力には男の身体能力も役に立たず、すぐに捕まってしまった。
赤い革のポーチから麻縄を取りだし、縛り上げた。
ちなみに、亀甲縛りだった。……そっちの方にもくわしいのだろうか。
「ふん」
手拭いで閉じられた口では涎は垂れそうにない。手と足を同じ場所で縛られた男には例え少女に担ぎ上げられていたとしても、ただ苦しいだけだ。
「父さん、母さん……」
これからO☆HA☆NA☆SIされるであろう男達にはこの少女の言葉を覚えてられそうになかった。
◇◆◇◆◇◆
「で、あなたの名前は?」
O☆HA☆NA☆SIをした男どもは、魔獣のでるあたりに置いてかれていた。運が悪かったのなら、助かるかもしれない。
女の子は服装を整え、少女の前に座っていた。
「わっ、わわわわわたっわたわたわたしっ、わたしの、のなっ名前は……しっ辰砂です。シンシャでででもでもシンシアでもっ、おっおー、OKででですです」
「あ、アタシはルイーズ。あなた……瑠璃神宮の子だよね? ……通行証、大丈夫? それがないと街に入れないし、再発行もないんでしょ?」
「あ、ははははっは、はい! だだだっだ、だだだだだいじょだだだ大丈夫ででです! あ、あのっ!」
「……ん?」
「たっ、たたた助けて、くっくれくれ、くれてあり、ありが、ありがとうごっ、ございます! ございました!」
「……別に、大したことじゃないし」
「でっでも! わ、わたし、助けられなかったら、つつつ通行証をうっ奪わわわれて……どっ、奴隷になってたかもなんですよ! かっ、かかか感謝ししないわけが、なっななな無いじゃないですか!」
「…………」
少女は頭を掻いた。
「……アタシはただ……、同じような境遇のヒトを見たくなかった……だけだから。ほら、落ち着いて。水、飲む?」
「あ、だだだ大丈夫です! ま、魔法使えますから! あ、あああああの、みずっ水、飲みますか?」
「…………。……ああ、いただこうか」
「あ、ああ、ありがとうございます!」
女の子もとい辰砂は懐から水色の巾着袋を取り出し、コップを二つ取り出した。
「ウォ、ウウウ……ウォ、〈ウォーター〉」
ある空間から二つのコップに平等に注がれる。
トポポポポポポポポポ……ピチョン、と注ぎ終わるにそれほど時間はかからなかった。
「あ、の……どっどうぞ……」
「ありがとう」
少女は辰砂からコップを受け取った。
両人とも水を飲んでいる間は、会話はあらず、なんとも気まずい雰囲気が流れていた。
“グ、グキュルルル……クゥ……”
「……そういえば、朝御飯を食べていなかった」
少女はコップの中の水を口に含みながら言った。
「あ、あの……わ、わったしも……ああ朝御飯を食べていなっいな、いないので……ごっご馳走させて下さい! あ、すすみま、すみ、すみませ、ん! あっ、でっでも、あ、亜人ごときのくいっ、くいも、食いもんなな、なんて食べれなななないですですよね、そうですよね、やっぱりいいで」
「……ご馳走になろう? ダメか?」
「え? いいい、いいんですか? あああああっありがとうございます! あと、えと……、つっ、作るのでほんの少し、ほんの少しだけままっ、待ってください!」
「……わかった。手伝おうか?」
「大丈夫です! っ、わたしは単独行動も許されているエエエ、エリートなんですよ。だっ、大丈夫ったら大丈夫です!」
「……なら、いいけど……何を作るの?」
「えと、えーっと……、秘密じゃだっ、駄目ですか?」
「……なら、いいけど……」
「あ、毒とかは入れませんから、大丈夫です!」
「……毒、入れるつもりだったの?」
「……え、えぇーっ! そ、そんなつつつもりありませんよ! ただ、その、あっ、あれですよ……言葉の……あれです、あれ」
「……綾?」
「そっ、そうです! 言葉の海蛸です! 海蛸!」
「あ……そう。……じゃあ、よろしくね……」
少女はあえて間違いを正すことなく、辰砂を見る。
フンフーン、と鼻歌を歌いながら巾着袋から食材らしきものを次々と出していく。
三つ足の鍋に薄い紙に包まれた、干し肉、茶色の細い植物、この森で取れて生で食べることのできる菜っ葉、さらに飾り気のない巾着袋を取り出した。
〈ウォーター〉で鍋に水を注ぎ、巾着袋から出した薪に火をつける。
沸騰したところに茶色の茎を入れる。あと、巾着袋のなかのキラキラした粒をコップ(未使用)で量り鍋の中に入れた。
「あ、ああああと、十分ちょいできでできますかかから」
落ち着かなさそうな辰砂はギクシャクとした手つきで食器を用意する。大きめのお椀が二つ、大きな布の上に用意された。
そして一本の棒を使い、薪を崩した。火力は弱まり、蓋を開けて干し肉と菜っ葉を入れる。
茶色に染まった鍋からふわっと独特の香りが広がった。
「…………えと」
「?」
「………………」
「……どうしたの?」
「あ、いや、そのっ、あのあのあの……」
「……大丈夫?」
「あ、はっ、はい! だだだだいじょうぶです……あの! 味噌とか、お米とかたっ、食べられますか? あ、あああそ、そのみみ味噌って……」
「……食べられる」
「あ、なななならいいんですけど……」
女の子は薪を完全に崩し、その汁を盛り始めた。
茶色い汁の中に、茶色い粒と、緑の菜っ葉がよく目立った。
「……どっ、どうぞ……」
「……いただきます」
「……どっどどどど、どどどうっどうどうどどどどどどど……」
「……どうか、した?」
「あ、あっあのあのあのあのあっあああああの……」
「落ち着いて?」
「……すっすすすすすみ、すみすみますっすすすすみすみま、せせせ……せん!」
「深呼吸して、ほら、一、二……」
「……あっあのののののののののののの」
「深呼吸」
「あ、あの、あのあのあのあのあのあのあのの……」
「深呼吸」
「あのあのの…………。すーーーっ、はーーー……あの、あののの!」
「どうしたの? ゆっくり話してくれると……嬉しいんだけど……」
「っの! りりりり、りょっ、りょ、料理は、おい、おい、おいし、おいし、かった……でです……か?」
「うん、美味しいよ。懐かしい、味がする……ほら、早く食べないと覚めちゃうけど」
辰砂はずずっと味噌汁を啜ってから、深呼吸を二回ほど繰り返した。
「…………。なっ、懐かしい……んですか?」
「…………っ! ……ひ・み・つ……。女の子の秘密は探らない方が幸せってこともある」
「……でっ、でもぅ……」
「……でもも、しかしもない。それより、この朝御飯は随分贅沢だけど、いつもこんなご飯?」
「いっいい、いえ! いっいつもににに肉は入っていいません!」
「……もうちょっと気をつけること。ほら」
少女は自分の器を地面に置くやいなや、辰砂の手の中の器を溢れないように持ち上げて、ブレザーのポケットから小型ナイフを取り出して首につきつけた。
「ひっ……」
「アタシの行動も見破れなかった。それが危機感がないということ。一人で火を使って居場所を知らせるなんて、アホじゃないの? 火を怖がる奴等なんて獣の弱いやつしかいない。ヒトも魔獣も近づいていくよ。普段は携帯食料で我慢しなさい。……もし、もし、アタシがあの山賊どもとグルだったら、あなたは連れ去られていた。わかる?」
ナイフを首筋から離してから、辰砂に器を差し出す。
辰砂はおずおずと受け取った。
「他人には隙を見せないこと。瑠璃神宮の子ならできるでしょ? まして、ソロで活動しているあなたなら」
「あっ、あたあた……あたしは……」
「冷めるよ?」
「……あっ、はい……」
「ほら、こんなどこぞの人間かもわからないヤツとご飯をご馳走する義理もないの、精々、次の街で奢るぐらいで。アタシがあの山賊どもとグルだったら、あなたは奴隷になっていただろうよ?」
「…………でっ、でも!」
「例えば、その通行証。それを売ればアタシが一年、遊んで暮らせるほどの金が入る。……例えば、さっきのタイミングでも、毒を入れることができた。もうちょっと、人のことを、男でも女でも警戒なさい。女の子のソロを気取るなら」
「……でも! あっ、あなたは……わ、わわ悪い人には、思えええ、ません! わたしに対してつゅ、忠告してってっ、くれましたし……あ、亜人なんかのご飯も、いいたいただいてくっ、くくくれました……。何より、瞳が、ひっ、瞳が……や、やさ、優しそうなんです……」
ま、さ、か、の
4時起き
っした!
今日から修学旅行!
再来週は、テストー!!