32 ☆ ーーγ δ
語り部:姫野 真輝
「ふぅ、やっと終わった……」
マキナお姉さんのパシリにこき使われ、やっとこさ休めたと思ったのが今さっき、7時過ぎ。もちろん夜の。
三食昼寝付きとか言ってたけど、“看板ニ偽リアリ”だな。
朝4時に起きて、8時に昼寝。9時には起きてパンを焼いたり売ったり作ったり。
ノンストップで働いてます。そりゃ、もう馬車馬のように。
今日の夕御飯はピザでした。
来たときにも、食べたけど香りがすごい。
美味しそうな香りがぷんぷんする。
もっちりふんわりしたパン生地に独特の香りのよく伸びるチーズ。それをたっぷり使ったので、パンとチーズだけでも美味しいのに、具材もたくさんのっていた。例えば、ハム。普通のやつだと言っていたけど、美味しい。少しだけしょっぱくて、でも旨味がある。燻製の匂いはきつくなくて、柔らかい。こんな美味しいハムはお歳暮でも貰ったことがない。更に菜っ葉。名前は聞くのを忘れたが、美味しい。単体で食べると若干苦味があるのだが、ピザのチーズのクリーミーさとハムの濃厚さが合わさると、ものすごくうまくなる。まるで旨味の相乗効果だ!とまんまなことを口走った。
「おいしいかい?」
マキナが尋ねてきた。
「はい、とっても!」
「うん、よかった。これ、今度商品化しようと思ってるんだ!」
「…これを切って販売するんですか?」
「うん、まあ。そんな感じかな?」
「コスパはどうなんですか?」
「コスパ?何それ。“ぱ”を茶漉しで濾す……の?」
「あっ、違います。コストパフォーマンスです。赤字になりませんか?売れる値段設定にしてますか?」
「うーん、500ルナぐらいかなぁ?」
「高っ!」
「まあ、高いよね……」
「でも、美味しいから高くつくのは仕方がないですよね。」
「まあ、ね。チーズもハムもレベルが高いやつ使ってるし、妥協は出来ないねぇ。」
「じゃあ、少しちっさくしたらどうですか?」
「うーん、1つだけ小さいのもなぁ。やっぱり、質より量の人は多いからねぇ。美味しいは美味しいんだけど……」
「じゃあ、一枚一枚焼くのはどうですか?小さく作れば、具材の量も減らせるかも!」
「小さくかぁ……うーん。まあ、考えてみるよ。たくさん食べた?」
「うん!」
とまあ、こんなことがあった訳だ。
まあ、売れば売れるだろうけど、さ。
でも、こんなことは僕が考えることじゃない。マキナさんが考えれば良いこと。僕はあくまで働き手、労働者なのだからそんなことは考えなくてもな…と思う。
おっと、もうこんな時間だ。
一番風呂に入らせてもらってるから、急がなきゃ。
「早く、出して下さい。」
?
どこから、聞こえたのだろう?
マキナさんの声じゃなかった。
女の声だった。多分。
外からではない。
……空耳か。
そう思って、僕は風呂に入った。
◇◆◇◆◇◆
お風呂は魔法を使って沸かしているらしい。
火の魔法。
持続時間は1時間。
水を温めてお湯にする。
だんだん冷めていって30分ぐらいたつと、若干冷たくなってくる。
魔法って便利だね!
僕には残念ながらいわゆるMPというものがない。
から、魔法は使えない。
僕も魔法使いたかったなぁ……。
…………。
ふわぁ…
眠いなぁ。
◇◆◇◆◇◆
カッポーーーン……
「カッポーーーギ!」
くわんくわんと音がひびく。
カッポーンと割烹着ってなんかにてるだろ?
まあ、むさくさ苦しい男のお風呂シーンなんて、見たくもないだろうから、それは省略して。
そういえば。
マキナにこの世界の摂理について聞いた。
この星は魔物が住み着いていて、魔王が居るらしい。
それを倒すために冒険者ギルドがあるのだが、いまだ倒したことはないらしい。
ギルドには、冒険者、商業、鍛冶、魔法使い、薬師…などがあるらしく、一つに入れば身分証明が出来るらしい。
マキナもギルドに入ってるとか。
通貨の単位はルナで、価値は日本と同じみたいだ。
文明レベルはちょうど中世ヨーロッパより少し進んだ状態だ。魔法のお陰でかなり文明の底上げがされているようだ。
宗教はキリスト教チックなレサト教。その開祖のレサト様は太陽と月を産んだそうな。
暦は土、火、水、風で、それぞれ冬、春、夏、秋だそうだ。
だいたい1年が360にちで、90日で季節が変わるらしい。
気候は日本と同じように、春夏秋冬がはっきりしているらしい。
それから、言語は自動翻訳されるそうだ。ただし、その世界にあるものでないと翻訳はされない。略語も然り。
そのくらいか。
ああ、もう一つ。
月は青色の月と赤色の月があって、それぞれ、アムピオン、ゼトスというらしい。
今日は15日。
この暦は太陰暦に似ていて、青色の月に合わせているっぽい。二つの月が満月のとき、お正月なんだとか。
空を見上げると、東の空に満月が、西の空には三日月が、その間には大量の星々が自己主張していた。
黄金色に輝く月はないっことは、乃子がいないということで、やっぱりここは異世界なんだなぁと思う。
手を動かすとザパァと水の動く音がして、湯けむりが立ち上る。
乃子……
かわいらしい笑顔が思い出される。
――――――――っ!
自分の不甲斐なさがあまりにも目についた。
…………。
涙が溢れて来たが、それはお風呂の水でごまかした。