ウインチのなる部屋
ぐちゅ、ぐちゅる
腹の辺りから、何かが引きずり出される音と共に、腹の内側を掻き回されるような痛みが迸った。
呼吸をする度にその場所からどんどん何かが溢れる感覚が強くなる。
かち、かち。
ういいいん。
と言う音がどこからか聞こえる、まるでウインチのような音だ。
喉の奥に鉄の錆びた味が広がった。
息をする度に、確実に傷口が広がる感覚がする。
この痛みが続くなら、一思いに殺されてしまいたいと思うほどだ。
森の中で道に迷ってしまったあの日、何も分からないまま、ふらりと立ち寄った小さなホテル。
フロントマンに空き部屋があるかと尋ねると、ちょうど一部屋空いているところだと、安心したような笑みを浮かべられた。
私も思わず笑顔になって、その部屋をお願いしますとはっきり言った。
号室
エレベーターを降りて、右に曲がった奥にその部屋はあった。
こじんまりとした、清潔なその部屋につくなり、私はほっとして早速シャワーを浴びた。
バスローブに着替えしばらくぼうっとしていた。
テレビでも見ようかと立ち上がり、リモコンがないことに気づく。
フロントに申告しようかと思ったが、面倒くさくてやめた、明日チェックアウトの時にいえばいいだろうと思う。
私がここに来たのは偶然ではない、弟が行方不明になってもう三ヶ月になる、それまでなんの進展もなかったのに、突然弟から「元気にしてるから大丈夫、今Terrifying Hotelに滞在してるんだ、そのうち帰るから」という絵葉書が届いたのだ。
Terrifying Hotelを検索したところ、行方不明者が続出している、不気味なホテルで、未だ原因は分からないと小さな新聞記事に載っているのを発見した。
私は慌てて支度をして、Terrifying Hotelへと出発した。
途中でガソリンが切れて、ミニマートでガソリンを入れた。
そこの駐車場には駐車された車がぎっしりと詰まっていた。
一緒に三つ四つのスナック菓子と、コーヒーを購入した。
ミニマートは異常な静けさに満ちていて、大きな声で店員を呼ばなければならなかった。
すみませえん。
店員がやってくる
これのお会計お願いします。
そういうと店員は、
「もしかしてこの先の森に用事があるの?」
と問いかけてくる、私は驚いて
「どうしてわかったんですか?」と聞くと
「駐車場の車の山を見ただろう?」
と応えられた。
いまいち意味がわからなかったが、わかった振りをして、会計を済ませた。
「夜に森にいるのだけはやめておけ、夕方までには引き返すんだぞ」と言われた。
車を走らせていると、森に差し掛かった辺りですごい霧が立ち込めてきた。
ワイパーを強にしても何も変わらない、慎重にゆっくり動いていると。
内側で何かがずるずると動く。
確認しようとすると、どんっ!
という激しい音がした、外に出て確認してみると、大きな木にめり込むように車が衝突し、もくもくと煙が立っていた。
地図とライト、荷物を持ち出し車を降りる。
案外近い場所にホテルがあった。
Terrifying Hotel
ちょうど探していたホテルだった。
よかった
と安心した途端、ホテルの中から遠巻きに。
かち、かち。
ういいいん。
という音が聞こえてくる、それがなんの音かはその時知る由もなかった。
無事に着いたホテルで、宿泊帳に記名する、今日の宿泊者は五部屋のようだ、一つ前のページに弟の名前があった。
「すみませんこの名前の人はまだ宿泊中ですか?」
そう聞くとフロントマンは視線をきょろきょろ動かしながら、
「そのような名前のお客様は次の日に帰られましたよ、今はもう滞在されていません」
と言われた、ならばあのハガキはなんだったのだと思い、フロントマンにハガキを見せる。
「これ私の弟なんです、時も同じです、ここにしばらく滞在すると書いてますよね?」
フロントマンは強ばった顔で、
「もう帰られたので私にも分かりません」の一点張りだった。
部屋に戻ってシャワーを浴びた。
出てくるとはっきり
かち、かち。
ういいいん。
という音が響いている、ウインチの音だとわかるほどに。
こんな時間に何を巻きとっているのだろうと不思議に思いながら、このホテルに到着した時にも響いていたことを思い出す。
突然、くぐもった声で、
「あああああああああ」
「いやあああああああ」
と聞こえた、くぐもっているのではっきり聞こえた訳では無いが、妙に気になった。
この声の響は二つほど隣ではないかと思い、そっと廊下に出てみた。
右に二つ行った部屋から、くぐもった声が聞こえてくる。
こんこん。
ドアをノックする
「すみません、何かありましたか?大丈夫ですか?」
そういった途端に部屋の中は静まり返った。
一、二分様子を見てみるが、静かすぎて余計に気になるほどの静寂だった。
私はそっと部屋に戻ってみた。
かち、かち。
ういいいん。
また音が響き出した、今度こそ確かめようと、そっと廊下に出てさっきの部屋の前に行く。
「すみません、何もないですか?大丈夫ですか?」
今度は音が響き続けている。
思わず部屋のノブを掴んだ。
がちゃり
呆気ないほどあっさりとドアが開いた。
その瞬間生臭い匂いと、ういいいん。
という音が激しく響き渡った。
部屋の奥の壁に両腕を高く上げて縫い留められた、男女がいた。
二人とも大きく切り裂かれた腹の中からウインチで腸を引きずられ、巻き取られている。
ういいいん。
音は止まない。
慌ててウインチを止めようと駆け寄るが、触ったことがないので分からない、ようやく思いついて電源を止める。
二人とも助かりそうか、脈をはかる。
とっくに事切れていたようで、呼吸も止まっている、そっと全身を触ってみると、腸が妙に温かい。
慌てて内線電話でフロントにかけてみる
つーつー
通じない!
もう一度かけてみるが結果は同じだった。
慌てて一階のフロントまで走る、誰もいない。
誰かいませんか!
叫ぶが誰も反応しない。
フロントの奥のスタッフルームに駆け込んでみる。
その部屋の壁には大量のビラが貼ってあった。
Missing
写真の下にはそう書いてある。
一つ一つ目で追っていくと、下の方に弟の写真があった。
Missing
弟と私は親同士の再婚で歳が十五歳離れていた。当時まだ三歳だった弟は私にとって、とても大切な宝物だった。
どこに行くにもついてきて、同じことをしたがるので、少し困ったこともあったけど、とにかく可愛くて仕方なかった。
現在三十三歳の私と十八歳の弟は、年の離れた相棒だった。
あの頃とは違ってどこにでも着いてこない代わりに、お互いの大事な時には必ず助け合う。
ある時は弟がガールフレンドとパーティーに行って、そのまま帰らないと言うので、うちに泊まっていることにした。
ある時には私が交通事故にあった時、病院に一番に駆けつけてきてくれたのは弟だった。
私たちは支え合って生きていると言っても過言ではない。
弟の小さな手を握り初めましての挨拶をした時のことは今でも忘れられない。
かち、かち。
ういいいん。
またあの音が聞こえる、すぐ近くから。
フロントへ戻った。
入口の自動ドアにもたれかかるようにフロントマンが座り込んでいた。
その腹部からは
ういいいん。
ウインチの音が響いている。
既に息はない。
その身体からはひたすらに腸が巻取られていく。
脈も息もなし。
絶望的な気分に襲われる。
静かに、慎重に自室に戻る。途方にくれながらも、服を着替える。
するとまたあの音が聞こえた。
かち、かち。
ういいいん。
絶望的な気分になりながらも、耳を澄ませてどこの部屋か検討をつける。
今度は三つ離れた部屋だった。
そっとドアノブを回す、あっさり開いた。
なんとも言い難い臭いがする、当分肉を食べたくないような臭い。
どう見ても生きていそうにない顔色をした男性が、両方の耳を切り取られ、ウインチで巻取られた腸の最後の部分を口に突っ込まれている。
手を見ると全ての爪がなかった。
思わず吐き気が込み上げて、バスルームに飛び込みひとしきり吐く。
シャワーカーテンが閉まっているのを不思議に思い、そっと捲った、そこには大きく胸を切り裂かれ、だらりと出した舌を切り取られた男性の遺体があった。
絶望の息を荒らげながら、自室に戻る。
また吐き気が込み上げて、バスルームに駆け込む。
バスルームの近くから
かち、かち。
ういいいん。
という音が響いてくる
このまま何も何も聞かなかったことにして、眠ってしまいたい。
だが、ウインチの音は大きく響き、とても眠ることなんてできそうにもない。
諦めて廊下に出る。
ドアノブはまたすんなりと開いた。
部屋の中でウインチの回る音だけが聴こえる。
巻き取られた腸の跡だろう、壁のそこら中に血の跡が飛んでいる。
くらくらして思わずベッドに座り込む。
さっきまで人が寝ていたような温もりを感じる、血は床の上にも溢れていた。
バスルームまで確認したが、この部屋には誰もいないようだった。
部屋に戻らなくてももうわかるこの部屋の向かいの部屋だ。
かち、かち。
ういいいん。
あの音だ。
部屋のドアを開ける。
中は凄惨そのものだった。
小さな靴がばらばらに床に散っている。
小さな子供が二人口から血を吐いている、その背中にはその体に不釣り合いなほど大きな斧が突き刺さっている。
庇おうとしたのだろう、母親の喉笛はざっくりと切り開かれ部屋中を血の海にしている。
父親は右手を子供たちに伸ばしたまま、てくびをたてにきりさかれ、腹を大きく切り開かれたところから、ウインチで腸を巻き取られている。
部屋中に飛び散った血は、まるで現代アートのように重なっては離れて、飛び散っては収束している。
あまりの無惨さに部屋の電話を取り上げる、今までと同じくやはりここも不通だった。
私の部屋から
かち、かち。
ういいいん。
という音が聞こえてくる

思わず走って近づく。
オートロックのドアは開いていた。
その部屋のベッドにはさっきまで何も無かったはずなのに、大切な弟がベッドのボードに両手を手錠で締められていた。
弟は左目を潰され、鼻を削ぎ落とされ、左腕が変な方向に曲がっていた。
そして腹はウインチがうるさいくらいの音で、腸を引きずり出している。
「嘘だろ?」
慌てて駆け寄ると、まだ微かに息がある。
弟に必死で声をかける。
「起きて!助けでもなんでも呼ぶから!お願いだから死なないで」
弟は片目をうっすらと開けて
「ハガキ届いた?最後に間に合ってよかった、最後に会えてよかった。」
そういうと、こくりと首を傾けて息をしなくなった。
わああああああああああ!
私は大声で叫びながら、部屋中の物を投げ散らかした。
あの可愛かった弟が、あの大事な相棒だった弟が!
とめどなく流れる涙を拭うこともせず泣きじゃくった。
弟のまぶたをそっと閉じさせる、両手を組ませる。
今はこれぐらいしかしてやれることはないけれど、必ず連れ帰ってやるからな、
と誓う。
かち、かち。
ういいいん。
どこからかまた音がする。
開いているドア以外を試してみる、どの部屋も空く気配すら見せない。
最後の部屋のドアを開くとすんなり開いた。
今度は血の跡も何も無い部屋だ。
クローゼットを開くと、そこには弟の荷物があった。
また涙が溢れ出る、弟の荷物からは家族の写真が何枚か出てきた、いつも持ち歩いてるのだろう。
あいつらしいな、ぼやける視界の中そう考えた。
荷物を元に戻して、部屋にあったサイドボードに腰掛けた。
その瞬間。
しゅっ!びいいいいん!
音から少し遅れて左目が焼けるように熱い、何かが目に突き刺さっている、抜いたら危険なものだということはわかった。
それから今の一撃で仕留められたのに、わざとそうしなかった事も。
後ろの壁に貫通した何かを反対の目で何とか見ようとする。
おそらくそれはボウガンだった。
絶望的な気分になる。
もうすぐあれが来るのだろう、でもボウガンを撃ってきた相手はどこにもいないしいなかった。
物音だけが聞こえてくる。
かち、かち。
ういいいん。
弟に心の中で謝る、誓いを守れなくてごめんねと。
腹を切り裂かれる感触と、激しい痛みがした。
意識が闇に沈む直前。
腹の奥から何かが固定される感覚がした。
かち、かち。
ういいいん。
その音はもう外から聞こえていなかった。
私の中から鳴っていた。
私だけが今、この部屋で消えていく。
次にこの音を聞くのは、私の代わりにここへ来る誰かだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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