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第9話

 ネメシスが奴隷を連れて戻ってきた。


「奴隷商人を紹介してくれと言ったはずだが」


 町の運営費からお金を出して買うのだから、購入手続きは僕がやらなくては。

 そう思ってネメシスには、奴隷商人と引き合わせてくれるように頼んだのだが、ネメシスはその段階を飛び越えて、直接奴隷を買ってきた。


「立て替えておいた」


 教育するのはネメシスだ。

 町は「その後」で奴隷を使う。

 つまりそれは、不揃いな丸太をきちんと同じ形に製材して使いやすく整えるようなものだ。最初から角材として受け取るこっちの評価で選ぶより、丸太の状態から扱うネメシスの目で選ぶほうが合理的ではある。


「わかった。あとでお金を渡すよ」


 僕は奴隷たちに向き直った。


「やあ、みんな。僕はクイント・エッセンシャルズ。

 君たちの所有者となるクオーツタウンの代表だ。

 ここで注意してほしいのは、僕が所有者ではないということだ。

 君たちの所有者はクオーツタウン。この町そのものだ。

 ……どういう事か、分かるかな?」


 奴隷たちは戸惑っている。

 いまいち理解できないようだ。


「この町にいる限り、君たちは基本的に『町の備品』として扱われる。つまり君たちは『役所のお役人』として働くということさ。王国法のもとでは奴隷に人権はない。だがここでは『役人』として扱われる。

 従って君たちの衣食住は当然『役人』相応に保証される。安心したまえ。住居が有り余っているのは、君たちも見ている通りだ。好きな所を選ぶといい。そこを中心に周囲の適当な範囲を維持管理してくれ」


「つまり……その……好きな所に住め、と?」


「王国貴族として『その通りだ』とは言いにくいな。法律は守らなくては。奴隷である君たちには『財産を所有する権利』はない。従って住む家を持つ権利もない。あくまで町の建物を維持管理するよう命じるだけだ」


「…………」


「それから僕は一箇所に財産を集めて強固に守るよりも、あちこちに分散していざ失っても全体のごく一部に過ぎないという状態のほうが安心できる性格でね。よって君たちには、毎月ある程度の現金を保管し、運用してもらう。

 もちろん運用の内容と結果はきちんと記録したまえよ? 君たちには『保管と運用を命じる』のであって『給金として支払う』のではないからね。なお記録の方法はネメシスに学びたまえ。

 そのあたりがまともに出来るようになるまで、君たちの身柄はネメシスに預けるから、読み書き計算をきちんと学んで、金銭感覚や経済というものを肌身で覚えるといい。

 ネメシスが合格と判断した者は、こちらに戻って町の運営に携わってもらう」


「という口実で、給料を払って、教育まで施してくれると」


 ずいぶんと意訳してくれた奴隷が、跪いて手を組み、祈り始めた。

 他の奴隷たちも後に続いて同じように祈り始める。

 彼らは気付いたようだ。きちんと「運用」した先には、自分自身を買い戻して奴隷身分から解放される道が拓けていると。



 ◇



 豪華な馬車が、田舎道を進む。

 寂れた田舎町クオーツタウンに、エッセンシャルズ伯爵家の紋章が燦然と輝き、風にたなびきながら進んでいった。


「よう、我が弟。まだ生きていたようだな」


「クアルト兄さん、お久しぶりです」


 四男クアルト・エッセンシャルズ。

 その性格は、まるで岩だ。

 頑固で、豪快で、質実剛健。まだ20歳にもならないのに「破天荒な頑固ジジイ」という表現がぴったりな性格をしている。


「魔道具の工房はどこだ?」


 早速だ。

 挨拶は今ので終わり。言葉を飾るのが「高貴の証」と思っている貴族の中で、およそ貴族らしくない短さだ。

 さっさと本題に入ってしまう。


「この田舎町にそんなものがあるのですか? 隅から隅まで確認したわけではありませんが、人が住んでいるあたりには、そんなもの見当たりませんよ」


 この兄に対して「隠そうとする」「誤魔化そうとする」というのは通用しない。

 そういう色が見えた時点でぶん殴られて、「さっさと吐け」と詰め寄られる。

 なので正解は「本当に知らない」という態度だ。

 僕はきょとんとして「ゴーストタウンと化しているのだから誰かがこっそり住み着くには好都合だろうけども」と言外に「工房があるかも知れない可能性」を残してみせる。

 だから「なぜそんな疑いを?」とも聞かない。どうせ何か事件でも起きて、調べてみたらこのあたりが怪しいと踏んだのだろう……と思っているように見せかける。積極的に「協力しますよ」というのも「こんな所に工房なんてあるわけない」と否定するのも間違いだ。言われるままに手伝って、立ち去ったあとで「何だったんだ?」と首を傾げるぐらいの態度がちょうどいい。


「人が住んでいるあたり?」


「ええ、ちょうどこのあたりです。畑から近いので、みんなこのあたりに住んでますよ。残りは無人です。町全体の4分の3ぐらいですかね。虱潰しに探すのは大変でしょうから、手伝いを……といっても訓練された人員がいないので、手落ちがあってはいけませんね。土地勘のある人物をつけましょうか?」


「ふむ……確かに、似たような建物ばかりで、うっかりするかもしれんな」


 かつて採石場が稼働して一気に人口が増えた時、住宅も一気に増やしたので、手早く建てることが優先されて建物に個性がない。同じようなアパートばかりだ。

 簡単な地図でもなければ、どの建物を調べて、どの建物を調べてないのか、途中で混乱するだろう。


「エルダー」


「はい、クイント様」


「この老人は、かつて採石場が始まった時よりも前からここに住んでいるので、土地勘は抜群です。どの建物が何の目的で使われたとか、いつどの順番で建てられたとか、全部把握していますよ。この町の知恵袋で歴史書です」


「うむ。では借りるぞ」


 クアルト兄さんは、連れてきた騎士団に命じて夕方まで探し回り、とうとう工房を見つけられずに帰っていった。


「……ご苦労さま、エルダー。

 大変な役目を任せて悪かったね」


「いやいや……あの性格ならば、一旦『ない』と思わせた場所は二度と調べない。

 亀の甲より年の功……坊やひとり手玉に取るくらいは簡単だ」


 エルダーは老獪に笑った。

 なんだか少し楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。

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