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第8話

「奴隷商人? クイント様は奴隷が欲しいのかい?」


「そうだ。

 より正確に言うと、クオーツタウンの運営費から購入資金を捻出する。

 つまり僕個人ではなく、クオーツタウンという自治体――組織が奴隷を買う」


「ああ……つまり、役人仕事をやらせようと?

 たしかに文字の読み書きができる奴隷を文官として使うってのは、裏切る心配がないから、よくある話だね」


「そう。奴隷には『財産を所有する権利』がないから、横領される心配がない。

 首輪の装着が義務付けられているから奴隷であることは誰が見ても一目瞭然だし、そうとなれば横領を企んでも、誰も『商売』の相手をしてくれない」


「でも読み書きができる奴隷は高いよ?」


「そこで、読み書きができない奴隷をたくさん買う」


「は?」


「それをネメシスに貸し与える」


「うん?」


「従業員として使いながら、実地で読み書き計算まで教え込んでくれ。

 使い物になるまで3年かかったなら、そこからさらに3年はそのまま貸し続けるから、それで『元を取る』といい。

 その後はこっちへ引き取って、文官として使う」


「なるほどね……でも『元を取る』のは3年じゃ無理だ。教育ってのは時間がかかるくせに、効果はじっくり現れる。6年ならいいよ」


「教育にかかった時間の倍か……しかし、こっちに引き取ったとき、すでに老齢だったというのでは困る。40歳の奴隷を買って10年教育して10年『元を取る』のが終わって、こっちへ引き取るときには60歳なんてことでは、体力的にそう無理もできないし、新しいことを覚えるのも大変になる。

 当然こっちも買った金額に見合うだけ働いてもらいたい。なので、教育期間中の諸費用――食費とか被服費とかは、こっちで持とう。その代わり3年だ」


「もう一声」


「わかった分かった。そっちへ預けている間の生活費はこっち持ちでどうだ?」


「まいどあり」


「やれやれ……最初の人数が多いほど、後が楽になるんだがな」


「え?」


「教育済みの奴隷に、新しい奴隷の教育を任せればいい」


「あっ」


「全部自分でやろうとしたな、ネメシス?

 商売の規模が小さい弊害だな。人を使うことに慣れていない」


「ぐぬぬ……! お貴族様め」


「生活費をそっちで持ってくれるなら、人数をどんどん追加していける。

 商売の規模が拡大するのと、どっちが早いかな?」


「ぐむっ……!? そ、そう言われると挑戦したくなっちまうよ……」


 商売の規模を拡大するとき、必要なのは資金と人手だ。

 商人なのだから資金を増やすのは得意だろう。運が良ければギャンブル的な幸運に乗って、ドカンと稼ぐこともできるかもしれない。

 だが人手の確保は、そうはいかない。着実に教え、馴染ませ、育てなくては。つまりその最も時間がかかる準備を、公費でドカンと賄えるチャンス。


「さあ、伸るか反るかはネメシスの腕前次第だ」


「くっそ……煽りやがる」


「何を悩むことがあるのさ?」


「あたしは伯爵家をぎゃふんと言わせるために生きてるのに、ここで勝負して失敗したら……」


「伯爵家を? どこの伯爵家だ?」


「エッセンシャルズ」


「僕の実家じゃん」


「そうだよ」


「何があった? まあ父の仕業だろうけど」


「……息子を……殺された。伯爵の勝手な都合でッ……!」


 前半は苦虫を噛み潰すように。

 後半は耐えきれず吐き出すように。

 そして、それ以上は口にできないと言わんばかりに、ネメシスは口をパクパクしていた。あまりの激情に、表現する言葉が見つからない様子だ。

 詳しくは分からないが、まあ、あの父なら、さもありなんと言ったところだ。


「それなら余計に、今が勝負どころだよ。

 クオーツタウンが発展していけば、いずれ伯爵家が気づく。そして利権を奪おうと動き出すだろう。そのとき伯爵家の兵力に対抗できる準備が整っていなければ、僕らは滅ぶしかない」


「ひとつの町で、伯爵領と喧嘩しようって?」


「もちろん軍事力で対抗するのは難しい。独力ならね」


「……援軍の宛が?」


「そのために『黄金』をばら撒いている。

 父の悪評は貴族社会では有名だ。僕らがまっとうに商売をするだけで、周囲は理解するだろう。運営主体が父に代われば、今の値段では買えなくなると。

 だからネメシス……僕らの存亡は、君次第なんだよ」


「値上げは困ると思わせる……それだけの価値を、数も質もたっぷりばら撒かなくてはいけないわけか」


「しかも手広くだよ。父が諦める規模の『援護』を受けるほど手広く、ね」


 ネメシスは目を閉じて、深呼吸した。

 その間に概算を終えたらしい。

 再び目を開けたネメシスからは、もう迷いが消えていた。


「時間も規模も全然足りない」


「人手もね」


「大急ぎで取り掛かるよ」


「期待してる」


「それじゃあ」


 挨拶もそこそこに、ネメシスは馬車へ飛び乗った。

 御者台に腰を下ろすひと手間さえ惜しむように、すぐさま馬を走らせる。


「まずは奴隷商だ」


 ガラガラと車輪の音を響かせて、ネメシスはあっという間に走り去った。

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