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第5話

 採石場の再稼働。

 その第一歩はとても簡単だ。


「真夏の夜に、幼子をそっと扇ぐようなものだよ」


 毒霧は常に吹き出しているが、それが採石場(露天掘り)の大穴に「たまる」というのは、それだけ風が少ないということだ。

 ならば簡単。

 僕の魔法は、一箇所に百のパワーを出すことは苦手だが、百箇所に一のパワーをばら撒くことは得意だ。


「毒霧が流れていく……」


 散水栓を畑に配備して、農作業の手間が減った農民たち。

 その手が空いた農民たちを引き連れて、採石場の大穴に近寄った。

 通常は周囲に拡散して近寄るのが危険だが、僕の風魔法で毒霧を指定の方向へ流してやれば、晴れた方向から近づくことに危険はない。ミストランサーは霧の中にしか居ないのだから。


「普通に風がある日は、押し流されてしまうけどね」


 そこが弱点。

 何事にも「完璧で無敵な存在」なんてのは無いものだ。

 しかし作業にならないほど強風の日でなければ、散水栓の水音でミストランサー対策はバッチリ。

 採石場の再稼働――まだ試掘レベルだけど――を妨げるものはない。


「ひとつ聞きたいんだが、なぜわざわざ『横』へ流すんだ?

 煙みたいに『上』へ流せばいいんじゃないか?」


「煙が上へ行くのは、温度が高いからだよ。でも毒霧は温度が低いから、自然には上へ行かない。それどころか、大穴にたまるぐらいだから普通の空気より重いよ。

 てことは、上に流しても、また落ちてくるんだ。上空の風で流されてしまえば問題ないけど、そこまで高く持ち上げるには、魔道具にするとき技術的に大変だろうからね」


 毒霧が吹き出すあたりで常に火をくべるというのが、最も簡単な方法だろう。

 しかし燃料を消費し続けるので、維持するのが現実的ではない。

 また採石作業の粉塵に引火して粉塵爆発なんてことになったら大事故だから、なるべく火は使いたくない。


「さあ、みんなで石を採って、行商人に売ってみよう。

 採掘場は再稼働できると知らしめて、業者が来るのを待つんだ」


 採石には採石の技術というものがある。

 農民が片手間にやっても、本格稼働は無理だ。

 だからこそ業者を誘致する。父には知られないように、民間の力――口コミを使ってね。


「父がここの利権に気づくまでに、どれだけ発展させられるか……それが問題だ。

 伯爵家の兵力を退けるほど発展できれば僕らの勝ちだよ。

 そうでなければ、すべて奪われる」



 ◇



 逃げて、隠れて、生き延びなくてはならない。

 そうでなければ、すべて奪われる。


「おのれ……この恨みは、いずれ必ず……!」


 首にかけたペンダントを握りしめ、商人は今日も馬車を駆る。

 人懐っこく愛想のいい笑顔こそが商人の武器であると自覚しつつも、独りになるとつい浮かんでしまう「復讐者」の顔。

 握りしめたペンダントには、今は亡き息子の遺髪が入っていた。



 ◇



 静かに、密かに、距離を置かなくてはならない。

 そうでなければ、すべて奪われる。


「今に見ていたまえよ……」


 肩にかけた鞄にぎっしりと紙束を詰め込んで、研究者は王都を去る。

 観察も考察も、冷静さが肝要だと自覚しつつも、なぜあのバカどもは理解できないのかと、つい浮かんでしまう「異端者」の顔。

 握りしめた肩紐の先、その鞄の中には独自の理論を書き記した研究論文が入っていた。



 ◇



「行商人のネメシスだ。よろしく」


「なんだか勇ましい雰囲気だな。護衛もなしに来るあたり、自分で戦える口か。

 僕はクイント。よろしく。

 とにかく商品を見せて……いや、先にこっちの商品を見てもらおう」


「これは……石?」


「そう。採石場を再稼働した。

 と言っても、手の空いた農民でやりくりしている程度だけどね。

 本格的な業者が来るなら歓迎するよ。ただし、ここには毒の霧が吹き出し続ける。それと霧の中に潜む魔物もいて、僕ら住民の手助けなしには、まともに採石場を動かせない」


「ちゃんと心得た奴を連れてこいって事かい。今度来る時までには、いくつかの業者に声をかけておくよ。

 この石は商品サンプルってことでいいのかい?」


「そうだね。

 ただし伯爵家の息が掛かってる奴はダメだ」


「こんな低純度のクオーツを採るのに、伯爵家の息が掛かってない業者を探せって?

 矛盾したこと言ってるの、分かってるのかい?」


「低純度のクオーツは値段が安い。

 まともに稼ぐには大量に採石しないといけないが、それには大勢の作業員を抱える大きな業者が必要だ。

 なのに伯爵家の息が掛かってないというのは、いったいどうやってそこまで大きくなれというのか? て事だね」


「その通りだよ」


「低純度のクオーツを高く売るための技術がある。

 まだ理論ができただけで、実用化するまでには時間がかかるけど、そっちも小さい業者だって来てもらうまでには時間がかかるよね?」


「眉唾物の話だな……」


 ネメシスが眉をひそめる。


「そうでもないさ」


「あんた……」


「やあ、ネメシス。久しぶりだね」


「フリンジ。あんたもここに?」


「ああ。実験場が欲しくてね。

 理論は完成した。あとは実践してみるだけだ」


「あんたがそう言うなら、十年以内には実用化するだろうね」


「そんなにかからないさ。

 このクイントさんは、僕らにとって『盟主』なのだからね」


「盟友ではなく、盟主かい?」


「エッセンシャルズ伯爵家に捨てられた五男だそうだよ。

 本人は『実家を見限った』と言ってるがね」


「事実だ。大きな声では言えないが、僕は最終的には伯爵家を潰すよ。

 それに、フリンジの研究を受け入れるなら、今がうってつけだ。

 状況は話した通りで、今なら売る相手がいないクオーツがたくさんあるからね。個人で研究する程度の量なら、たかが知れている。それで高純度みたいに高く売れるようになれば儲けものだよ」


「なるほど、たしかに盟主だな。

 よし、乗った。石の売り先は任せておけ。高くは売れないが、闇ルートでも安く仕入れたいという奴らはたくさん居る。

 あんたが伯爵家を潰す時まで、こっそり売りさばいてみせるよ」


「頼んだよ。

 プロジェクト・クワイエットゴールドは、これで大きく前進する」


「沈黙の黄金計画?」


「そうとも。この採石場から王国を震撼させて、僕らの獲物――伯爵家の喉元へ食いつくんだ。

 ここのクオーツが国中に売りさばかれ、それが急に高純度ほどの価値を持ったなら……何が起きるか、分かるだろう? 君たちが、ここの石ころを『沈黙の黄金』に変えるのさ」


 僕の計画を聞いて、ネメシスとフリンジがぶるりと体を震わせた。

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