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第4話

 サラサラと水が流れている。

 その音はF分の1ゆらぎの法則に従い、聴く人にリラックスをもたらす。

 ――が、そこにノイズが混じる。


 プシュッ、プシュッ、プシュッ……


 小さな音だ。

 誰かがこっそり舌打ちをするような。

 ポッター謹製の消音器に囲まれた水撃ポンプが、独特のカコン、カコンという音をはるかに小さく抑えている。

 ほんの少し離れるだけで、もはや水撃ポンプの音は水音に紛れて聞こえなくなる。


「周囲三千歩以内にミストランサーは居ない。

 散水栓の『騒音』を嫌って、近づかないようにしているみたいだ」


 町が霧に囲まれたある日、探知結果を告げると町民たちは歓喜した。

 建物の外では、屋根から落ちる水の音が響いている。


「これからは出歩けるんだ」


「もうミストランサーに怯えて暮らさなくて済む」


 喜びに沸く町民たち。

 苦笑しながら、僕は一応の注意喚起をする。


「完全ではないから、過信しないで。

 たとえば雨の日には、逃げる意味がないから寄ってくるかもしれない」


「しかし、畑に広げた散水栓だけでもありがたい」


 農民の一人が言った。

 ついでに畑まで広げた散水栓は、畑への水やりを劇的に簡易化した。

 栓を開け閉めするだけでいい。汲んで、運んで、撒いて回るという手間が無くなった。


「もうひとつのアレもバッチリだ。

 ミストランサーは罠にかかった」


 もうひとつ――鹿威しを作った。

 足音の代わりであり、ミストランサーを集めるための囮だ。

 もちろん単独では壊されてしまう。鹿威しの周りには罠を用意してある。


「水堀か」


 鹿威しを獲物だと思って近づいてきたミストランサーは、水堀に落下して全身の毛を濡らす。水による緩衝効果で「毛の聴力」はほとんどゼロになり、ミストランサーは一時的に「耳」を聾する。

 同時にこの掘は、農業用貯水湖であり、防災用貯水槽である。散水栓の配管に引き込んだ水は、最終的にここへ流れ込む。そのため常に「源泉かけ流し」状態だ。これによって水が腐るのを防ぐ効果もある。


「しかし、罠にかかったと思って仕留めに向かうと、まだ罠にかかっていない『別のミストランサー』に襲われることになりかねない。

 それに、罠にかかったかどうかの確認も、坊やが居なければ霧が晴れてからになる。

 この二点をどうにかしなければ、この町で本格的に運用していくのは難しいだろう」


 エルダーが言った。

 さすがだ。まさにそこが弱点。

 しかし、当然この僕はそこに対策を用意している。


「しばらくは、僕の風魔法で『霧が入らないトンネル』を作る。

 霧が入らないことによって、このトンネルは安全に通行でき、遠くまで見通すことができる。これでエルダーが言った二つの問題点は当面の間、解決できる。

 そして、みんなと同じように、僕はいずれ年老いて死ぬ。だからこそ、この『トンネル』は将来的に魔道具で維持するか、もしくは僕の代わりになる魔術師を育てることで補う」


「誰がそれをやるんだ?

 魔法を使えるのは貴族だけだし、魔道具だって技術者……うん? クイント、あんたもしかして貴族なのか?」


「そうだよ。僕の名前は、クイント・エッセンシャルズ。伯爵家の五男だ。

 そして、今回みんなに集まってもらった最大の理由を話そう。

 僕はこの町を、再び採石場として稼働する。僕の魔法はロウソクの火も消せないほど弱い。でも僕の魔法なら、霧を吹き飛ばすことができる。僕の魔法は、範囲が広いからね。

 僕の魔法で、採石場全体をカバーする。採石場は再び安全になり、作業を再開できる。そうすれば、また人が集まり、技術者も訪れ……あるいは誘致できる」


「それができるなら、どうして今まで伯爵家は何もしなかった?

 危険地帯に息子を派遣したくないというのはともかく、魔道具の配備はできるはずだろう?」


 エルダーが言った。

 その顔は、怒りに満ちていた。

 彼は喪ったのだろう。誰か大切な人を。


「逆だよ」


 僕はゆっくりと首を振った。


「エルダーには申し訳ないけど、伯爵家はそこまで善人じゃあない。

 僕がどうして今、このタイミングで、ここに来たのか?

 父がなんと言って僕をここへ送り込んだのか、教えてあげよう」


「…………」


「ロウソクの火も消せぬ無能が。お前のような出来損ない、我がエッセンシャルズ伯爵家には不要だ。毒の霧に巻かれて果てるがいい」


「君は棄てられたのか」


 愕然とするエルダー。

 しかし僕は再び首を振った。


「逆だよ。

 君たちこそが、棄てられていたんだ。

 僕はずっとこの時を待っていた。父ならそうするだろうと思ったからね。だからわざと、僕の魔法がここの開拓に向いていることを隠してきた」


「なぜだ? 父親に認められて堂々と派遣されてくればよかったではないか」


「そうなった場合、父は僕を使い潰すからだよ。

 魔道具で毒霧対策を整備するなんて事はしない。死ぬまで僕にやらせる。僕一人にやらせるよ。間違いない。順当に行けば僕のほうが後に死ぬからね。自分が生きている間だけ利益を貪れればそれでよしとするだろう。

 父が死んでも、兄がその後を継ぐ。彼らは、とことん自分だけの価値観で生きている。他人の価値観を理解できないし、他人の都合を考慮できない。父や兄は、そういう人間だ。だから君たちは棄てられた。僕は拾いに来たんだ。思ったより時間がかかってしまったけどね」


 実際のところ、貴族社会でも鼻つまみ者で、利益のためだけのつながりしか持っていない。本当に困ったときに助けてくれる友人など一人だって居やしないだろう。僕はそれが嫌で、父に反発することを決めたんだ。


「エルダー。

 ハンター。

 ポッター。

 それに、みんな」


 僕は町民ひとりひとりの顔を順に見た。


「待たせたね」

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