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第2話

 僕の風魔法は、威力は弱いが、範囲が広い。

 風を使った探知魔法でミストランサーの居場所を特定したら、次にミストランサーが反応する音を探す。

 好んで寄ってくる音でもいいし、嫌って遠ざかる音でもいい。


「まずは足音から始めるか」


 音を出すには、空気を振動させればいい。そして威力は必要ない。

 重ねていうが、僕の風魔法は、威力は弱いが、範囲が広い。

 探知したミストランサーに、わざわざ近づく必要はないのだ。

 千歩ほど離れた位置から、ミストランサーの近くに音を出し、探知魔法でミストランサーの移動を確認する。

 ミストランサーは足音に反応して近寄ったが、足音の「主」が見当たらないのでキョロキョロしている。


「話し声はどうだ?」


 試しに僕の声を再現して、離れた位置から再生する。

 しかしミストランサーは無反応だった。


「なるほど。人間以外を餌にするときもあるんだろうな」


 だから足音には反応するが、人の声には反応しない。

 足音はどんな動物だろうと似たようなもの――鳴き声ほど多種多様ではない。

 あるいは、もっと単純に音程とかの問題かもしれない。

 実家の庭師は老齢で、低い声でないと聞き取りづらいと言っていた。逆に馬番は、高い声だと馬が怖がると話していた。


「……よし。では、うんと高い音や低い音も試してみるか」


 音程を変えて「足音」と「話し声」の両方を試してみた。

 すると、低い音ならどちらにも反応し、高い音だとどちらにも反応しなかった。

 つまり、何の音かよりも、音程によって反応するわけだ。


「高い音には反応なし、か。

 では低い音……そうだな、コントラバスの演奏と足音では、どっちに反応するんだ?」


 結果、足音のほうが圧倒的に強く反応した。

 この結果は予想通りだ。おそらく足音=獲物なのだろう。足音よりも強く反応する音は無いと予想できる。

 ならば足音で実験を続けよう。


「次は、どの距離まで反応するか、だな」


 遠い所から足音を再生しながら近づけてみる。

 距離およそ百歩で気づかれた。ウサギが周囲を警戒するみたいに、ゆっくりと遠くを見るような動きをした。

 距離およそ五十歩で、ミストランサーは音への接近を開始した。

 ここで一旦遠ざけてみると、ミストランサーは少し追いかけたが、すぐに諦めた。追いかけて仕留めるには遠すぎるのだろう。

 そこで再び近づけて、隣を通り過ぎて、再び離れていくようにしてみた。距離およそ十歩まで迫ると、ミストランサーは舌を素早く伸ばした。あれが「槍」の正体か。矢のように速い。

 音が通り過ぎていく。ミストランサーは攻撃を繰り返すが、そこには音しか存在しないので空振りに終わる。しかしミストランサーは諦めずに追いかけ続け、攻撃を続けた。まるでパブロフの犬だ。足音=獲物という公式。獲物の方に実体がなかろうが、公式が崩れることはない。


「なるほど? 思ったより学習能力が低そうだ。

 次は大音量いってみようか」


 大きな音を出すには、魔法として「威力」が必要だ。

 しかし、僕の風魔法は威力が弱い。

 ならばどうするか? 小さな声でも大勢集まればザワザワと大きなざわめきになる。数を用意すればいいのだ。


 ――ズンッ。


 音の衝撃が、千歩も離れた僕のところまで伝わってきた。

 人間には聞こえない超低音だから、僕にとっては無音と同じ。

 しかし低音に強く反応していたミストランサーは……。


「マジか。え? そんな反応なの?」


 てっきりパニックになって逃げ出すかと思ったが。

 実際はその逆。興奮状態になって暴れ出した。

 逃げられないほど巨大な敵、あるいは滅多にない巨大な獲物、とでも思ったのだろうか。

 こうなると、エルダーの話が間違っていた可能性が出てくる。

 助けようと人が集まると集団で襲ってくるという話。ミストランサーが「学んで群で行動するようになったから」ではなく、大勢で出した「音に反応して集まってきただけ」という可能性だ。


「ふーむ……いよいよ消音魔法が重要になってきたな」


 こうなると、どうやって音を聞いているのか探らなくてはならない。

 音を消す方法――空気の振動を止めるだけでいいのか、地面の振動まで止めないといけないのか、その判断が分かれるところだ。


「てことでエルダー爺さん、ちょっと聞きたいんだけど、この町で弓矢が得意な人って居る? 投石紐でもいいけど」


「狩人だな。投石紐をまともに使える人間はおらん」


「その人を紹介してほしいんだけど」



 ◇



「冗談じゃない! ミストランサーが居る場所へ、わざわざ近づくなんて、死にに行くようなもんじゃないか!」


「戦うのが目的じゃないから、安全な距離からでいい。

 あいつは百歩の距離までは近づいても反応しないから、それよりさらにニ十歩か三十歩ぐらい遠くから、できるだけミストランサーの近くへ矢を落としてほしいんだ」


「目的は分かる。利益が大きいのも分かる。あんたが実験して安全な距離を確かめたのも分かった。

 けど、怖いもんは怖いんだ。そして『怖い』ってのは『克服するための感情』じゃあないんだよ。理由も何も無くたって『危険だ』と直感する『安全弁』なんだ。

 あんたは俺を根性無しの屁理屈だと思うかもしれないが、俺は兵士じゃなくて狩人なんだ。いつ自分が『狩られる側』になるか分からない狩人にとって『怖い』ってのは克服してはいけない『大事な感覚』なんだよ」


「じゃあ弓矢だけでも貸してくれませんか?」


「万が一それであんたが死んだら、俺はどうやって弓を回収すればいいんだ?

 新しく作ろうと思ったら、今日の明日というわけにはいかない。自分が食っていけるかどうかを左右する大事な商売道具だ。そんな簡単に『貸してくれ』なんて言ってほしくないね。

 そのへんの道理が分からない奴とは、話にならんよ。もう帰ってくれ」


「ハンターよ、儂からも頼――」


「いや、いいよ。エルダー爺さん、俺が悪かったんだ。もう分かったよ。

 けど、じゃあ弓とは言わないから、縄を貸してくれないか?」


「縄?」


「投石紐を自作する。

 命中率は悪いけど、飛距離は弓矢と同じぐらいだから。大体の方向に飛ばすだけなら、素人でも何とかなるだろう」


 別に一発勝負ってわけでもないからな。成功するまで何度だって挑戦すればいい。

 ハンターから縄を借りて、投石紐を作った。

 そうして「実際に地面に石が落ちたとき」と「その音だけを再生したとき」の違いを比べてみた。


 ――結果、変化無し。


 ミストランサーは「地面の振動を感知していない」可能性が高まった。

 おそらく空気の振動を止めるだけで、かなりの距離まで気づかれずに近寄れるだろう。

 絶対ではない。ゾウは足の裏で音を聞いているのではないか――そんな提唱をした人物がいるという話を聞いたことがある。公爵家の九男だったか。貴族のたしなみとして、上位貴族の情報は叩き込まれたからな。


「さて、これ以上は実際に近寄ってみるしかないか……」


 実験のために家畜を提供してくれと言っても、ハンター同様に断られるだろうし、提供してもらえたとしても、うまくミストランサーの方向へ進んでくれるとは限らない。

 となると、ここは僕が頑張るしかないか。

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