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第16話

 4度も負け続け、伯爵の戦意は過去最高に高まっていた。

 何としてもクオーツタウンを制圧し、伯爵をハゲタカ呼ばわりしたクイントを「僕の負けでちゅ」と地面に這いつくばらせてやらねばならない。

 もはや負けが込んで熱くなりすぎたギャンブラーのごとき心境である。

 いよいよクオーツタウンが見えてくる。


「クイントめ! 必ずや――は?」


 その気勢が、ひとつの光景を前にして一瞬でしぼんだ。

 クオーツタウンの防壁の、その上で風にたなびく旗があった。

 そこに描かれた紋章は、あまりにもよく知っているものだったのだ。


「お、王家の旗!?」


 それも通常のものではない。

 通常のものはワインレッドの背景に紋章が描かれる。

 だが今、壁の上にはためているのは、漆黒の背景に描かれた紋章だ。

 その旗を使う部署は、ひとつしかない。

 そしてまさに、その部署に所属する騎士が、壁の上へ姿を見せた。


「あ……暗黒騎士団……!」


 漆黒の板金鎧。

 顔が分からない重厚な兜。

 そして立っているだけで分かる異様なまでの実力。

 それは騎士というより、まるで巨木のようだった。


「諜報部隊を統括し、裏切り者の貴族を粛清するための専門部隊が、なぜここに……!?」


 驚き、戸惑い、そして間もなく理解する。

 通話の指輪。その技術を誰よりも欲しがっているのは――。


「ぜ、全隊止まれ! 下馬して平伏せよ! 急げ!」


 伯爵は慌てて命じた。

 自分も馬を降りて、敬意を示す。


「暗黒騎士団とお見受けする! クオーツタウンは我が領地である! 訪問の前触れも届いておらぬが、何用で参られたか!?」


「我らは王命により、この地を拠点のひとつとして実効支配する。

 告知の使者は、我が部隊からではなく、近衛騎士団から派遣された。入れ違いになったものと推察されるが、我が部隊の関与するところではない」


「バカな! 王家と言えども我が領地に部隊を常駐するなど……!」


「父上、父上。『告知の使者』と言いましたよ? 先触れではなく。

 入れ違いになった使者とやら、何を『告知』するので?」


「あ……? ……ん……ご……ら……あ……?」


 先触れとは、向かう先へ先行して「これから行きますよ」と知らせる役目である。これを「告知の使者」とは言わない。

 一方、告知の使者は「すでに決定したことを知らせる」役目だ。何らかの決定があったということ。新しい法律ができたとか、領地の増減があったとか。

 そしてこの状況。


「クオーツタウンが、王家に接収された……?」


「無理に迫っては王家への反逆を疑われてしまいます。

 先に確認を……少なくとも、これ以上近づいてはマズイでしょう」


「んぐぐっぐう……! おのれ……! おのれ、クイントめぇぇぇ!」


「む? いけない。霧が出てきました。すぐに撤退を」


「できるかぁ! ここまで来て! 諦めるなど! せめてクイントのやつめを這いつくばらせてやらねば気が済まんわ!」


 伯爵が地団駄を踏む。

 次の瞬間、何かに突き飛ばされた。


「ぐべっ!?」


「「伯爵!?」」


 転倒する伯爵が、ドスンと尻もちをつく。

 それを案じる周囲の騎士たちが、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら数歩動く。

 その音へ、霧の中から正確に「槍」が飛んできた。


「「ぐべっ!?」」


 板金鎧のおかげで貫かれることはない。

 だがハンマーで殴られたような衝撃と、凹みが生じた。

 たとえば絶対に壊れない馬車があるとして、崖から転落したら、中に乗っている人は無事に済むだろうか?

 そんなわけない。鎧が無事でも中身の騎士にはダメージが入る。


「お、応戦……! 応戦しろ! 魔物を倒ぐべっ!?」


「ぎゃひぃ!?」


「ぴえん!」


「駄目です! 敵の位置が分かりません!」


「こうなったら魔法で……くそぉ! 発動しない!」


「撤退を……! 伯爵、撤退ぐべっ!?」


「ああっ!? 父上が気絶してる!

 仕方ない、指揮は私がとる! 全隊退却! 撤退だ!」


 すごすごと帰っていく伯爵軍。

 集会場でその映像を見ながら、僕らは勝鬨をあげた。

 音を映像化する装置。フリンジの新しい発明だ。視界が悪い霧の中でも、この装置によって周囲の状況を「見る」ことができる。

 大型で持ち運びに不便だが、暗黒騎士団なら使い道もあるだろう。もちろん改良は続けてもらうけども。


「通話、魔法ジャミング、探知……どれも素晴らしい発明だ。

 貴殿の協力に感謝する」


「いえいえ、とんでもない。

 すべては住民たちの努力のたまものですよ、団長。

 僕は彼らが努力できるように、ちょっぴり後押ししただけですから」


 今、僕の胸には貴族の地位を表す紋章がある。

 この町ひとつを領地とする「領主」に、僕は任命されたのだ。

 領地の規模は男爵のそれ。しかし僕の胸にある紋章は、侯爵のそれだ。

 王家は僕を――クオーツタウンの技術力を、王家の血に準ずる重要なものと位置づけた。

 伯爵邸に帰って告知の使者から事実を確認したら、父は気も狂わんばかりに暴れるだろう。もはや父は僕らに手出しできない。想像するだけで痛快だが、ちょっと使者が気の毒だ。どうか使者が立ち去るまでのわずかな間だけ、父の我慢が効きますように。





 この物語はここで終わりです。

 読んでくださった方、ありがとうございました。

 楽しんでいただけたら幸いです。

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