第1話
「威力が弱い」
火をつけたロウソクがひとつ、燭台に立っている。
そこから十歩はなれて風魔法を放ち、火を消す。
兄たちが5歳の時にはできたという挑戦が、五男の僕には15歳を過ぎても成功しない。
「クイント……お前は、さんざん鍛えて、この程度なのか」
僕の魔法を見て、父は落胆した。
魔法とは、貴族が貴族であることの証明。
かつて王国を発足させた初代国王が、国の発展を求めて精霊を娶ったという。今の王侯貴族は、その血を受け継ぎ、魔法を使える。つまり、魔法の威力が弱いということは、血が薄いということ。王家から遠くなり、平民に近い存在になっているということだ。
「ロウソクの火も消せぬ無能が。お前のような出来損ない、我がエッセンシャルズ伯爵家には不要だ。毒の霧に巻かれて果てるがいい」
父はゴミを見るような顔をして言った。
クオーツタウンへ行け、と。
そこは毒の霧が流れてくるゴーストタウンだ。
僕はただ黙って、一礼した。
そして顔も上げないうちに父へ背を向け、まっすぐ部屋を出ていった。
「――ッ……!」
表情筋を総動員して、笑いたいのを必死に我慢する。
喜んではならない。あくまで沈鬱に、まともに返事もできないような態度で、貴族としての振る舞いをかろうじて維持したように見せ、不審に思われないようにしょんぼりと出ていく。
このチャンスを掴むには、沈黙を守ることが肝要だ。
◇
クオーツタウン。
そこは名前の通り、クオーツを採掘していた町だ。建築資材や路盤材として使われる低純度のクオーツを採掘する採石場がすぐ近くにある。ところが露天掘りの大穴から毒の霧が吹き出し、大穴に溜まってしまったため、閉鎖するしかなくなった。
ここで「毒ガス」と言わずに「毒の霧」と呼ぶのは、それが目に見える霧だからである。そのためクオーツタウンは、かろうじて無人の廃墟にはならなかった。
余談だが、宝石やガラスの原料などに使われる高純度のクオーツを採掘する場合は、採石場ではなく「鉱山」と呼ぶ。
「ここが、その町か」
採掘ができないので作業員が立ち去り、それを相手にしていた商人が立ち去り、もちろんその家族も立ち去った。取り残されたのは、土地に縛られる農林水産業だ。幸か不幸か、時々流れてくる毒の霧に注意しながら、なんとか暮らしていくことができてしまうのだ。
激減した人口に対して、町はかつての賑わいを支えた建物をそのまま残し、結果としてゴーストタウンと化している。
「……いやに静かだな」
人口が少ないから、生活音は聞こえなくても仕方ない。
しかし本来の田舎は意外と賑わしい。野鳥や虫の鳴き声だ。夜が更けると一斉に鳴き止み、世界が眠った瞬間が分かる。
今、町はまるで眠っているようだ。
真っ昼間なのに。
「あ、人がいる。
お爺さん、ちょっといいですか?」
きれいにハゲた頭頂部に、白髪の側頭部。
シワだらけの顔に、感情を煮詰めて固めたような複雑な無表情。
老人がベンチに座っていた。
「……口を噤め」
老人は、人さし指を口元に当てて言った。
しーっ、と「黙れ」のジェスチャーだ。
「今日は霧が近い。
ここの霧は有毒で、しかも霧の中には魔物が住み着いている。
毒の霧は、大穴に近づかなければ問題ない。半日も吸い込み続けると具合が悪くなるが、体がだるくなる程度で済む。
だが霧に潜む魔物には注意が必要だ。奴らは音を頼りに襲ってくる。
死にたくなければ、ここでは静寂を保つことだ」
「なるほど……」
それで異様に静かなのか。
僕は風魔法を谷に向けてみた。
威力は弱いが、範囲は広いのだ。ロウソクの火も消せない微風しか起こせないが、それでも探知には十分だ。
「……ああ、トカゲみたいな奴がいるね。かなり遠くだが、どこまで反応するんだろう?」
「ミストランサーだ。
霧の中に潜み、鋭い一撃を加えてくる。槍の正体は、奴らの舌。だがその威力は革鎧を貫く。
どこまで反応するかは、儂らには分からぬ。居場所を探知できないからな」
「ふーん……しかし、その魔物は毒の霧でも平気なのか」
「そのようだ。
倒せば肉は食えるが、挑戦するには探知と隠密が必須となる。
お前さん、探知はできたようだが、気づかれずに接近するのは得意かね?」
「さて……ミストランサーがどうやって音を聞くか、それ次第だね」
人間のように耳で聞くなら、空気の振動を止めればいい。
しかし音は固形物の中をも通過する。しかも空気中より速く。そして僕の魔法では、固形物の振動は止められない。
動物のなかには、肌で振動を感知して「音を触る」ことで感知するやつがいる。ミストランサーが、たとえば手足から地面の振動を感知して襲ってくるなら、僕の魔法では隠密にならない。
「なかなか賢い坊やだ。
残念だが、儂はその答えを知らぬ。調べるには、試してみるより他にないが、それはミストランサーと戦うことを意味する。
調査は困難だろう。しかし明らかになれば、過剰に恐れる必要もなくなる。恩恵は大きい。坊やがそれを調べてくれるなら、儂らに危険が及ばぬ限り、儂は坊やを応援しよう」
「そいつはどうも。
しかし、坊やって歳では……いや、歳か」
百歳くらい生きてそうなシワだらけの顔を見ると、僕なんてまだまだ坊やだと言われても仕方ない。なんせ八十の老人でも、この人の前では「子供世代」だろうからね。
「ところで、どうして『倒せば肉は食える』って知ってるのさ?」
「試したことがあるからだ。
最初の頃、儂らは誰かが襲われると周囲の住人で集まって応戦していた。襲われた住人を助けるためにな。
しかし奴らは学習し、群で動くようになった。もはや助けに入っても餌が増えるだけだ。儂らは誰が襲われても助けない。それが奴らへの唯一の対抗策……」
老人は顔を伏せた。
見殺しにすることに、忸怩たる思いがあるのだろう。
独りで屋外のベンチにいるのは、もしかして……。
「それじゃあ、まずはミストランサーの研究から始めようかな。
それさえ克服すれば、採石場の復活は簡単だ」
暗くなった空気を吹き飛ばすため、僕は努めて明るく言った。
「応援しよう。儂にとっては仇討ちだ。
ひとまず儂の家に来るがいい。住むところはこの通りいくらでも余っているが、食べる物はそれほどない」
「助かるよ、えっと……」
「儂はエルダー。坊やは?」
「クイント」
「それにしても、坊や……あの毒の霧を『簡単』と?」
「もちろんさ」
毒の霧に巻かれて果てるがいい。
父はそう言ったけど、ちょっと僕をナメすぎだね。




