婚約破棄の場で追放を受け入れ、辺境で定時退社することにしました
「――レティシア・ヴァンデル。貴様との婚約を、ここに破棄する」
王宮の大広間。見慣れた豪奢さが、今日はやけに寒い。
王太子エドワルドは聖女セシリアの肩を抱き、私を見下ろした。
「聖女をいじめ、民を欺き、王家の名誉を汚した。弁明はあるか」
「ございます」
私は一歩前に出て、深呼吸した。
(来た。テンプレ婚約破棄イベント。……でも、ここで泣いたら負ける)
「まず確認します。『いじめ』の具体的内容と、証拠の提出者、証言者。記録は残っていますか」
「……は?」
ざわ、と空気が揺れた。貴族たちが目を丸くする。
王太子は眉をひそめた。
「反省の色もないのか」
「反省は、事実確認の後にします。事実が違えば、反省する対象がありませんので」
(前世で学んだ。感情の嵐の中こそ、手続きを握った者が勝つ)
ブラック企業の人事担当として、揉めに揉めた退職交渉を百件以上さばいた私には、こういう場面のコツがある。
セシリアが涙をにじませた。
「レティシア様……どうして、私を……」
「その質問の前に、あなたの発言は何時何分、誰の前で、何を根拠に? 整理しましょう」
「ひっ……」
王太子が机を叩いた。
「黙れ! ここは裁判所ではない!」
「では、これは感情による処分ですね。承知しました。処分書をください」
沈黙。
王の側近が慌てて口を挟む。
「レティシア嬢、王太子殿下の御意向で……」
「御意向なら、なおさら文書化が必要です。口頭は揉めます」
(口頭は揉める。真理)
私は淡々と言った。そう、淡々と。ここで冷静な悪役令嬢を演じ切る。
王太子は顔を赤くし、言い放った。
「よかろう! 貴様は辺境へ追放だ。二度と王都の土を踏むな!」
「ありがとうございます」
「……は?」
礼を言われると思っていなかったのだろう。王太子は言葉を失った。
私はスカートの裾をつまみ、礼をした。
「辺境。衣食住の自己責任。人間関係リセット。最高です」
(前世の終電帰宅に比べれば、追放なんて有給みたいなものだ)
ざわめきの中、私はひとつだけ告げた。
「なお、私の管理していた王宮会計の帳簿と契約書は、すべて私の執務室に整理してあります。無断で触れないでください。触れた瞬間、数字が噛みつきます」
聖女セシリアがぴくりと肩を震わせた。
その反応だけで、私は確信した。
(当たり。あなた、帳簿をいじってる)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
追放の旅路は、拍子抜けするほど静かだった。
馬車の窓から見える雪原は白く、空気は澄み、胸の奥の重しが少しずつ溶けていく。
(……この世界に転生して、十七年。ようやく私の時間が来た)
前世の私は、都内のブラック企業で人事。残業、クレーム、胃薬、過労。
最後の記憶は、深夜のオフィスで退職届のテンプレを作りながら倒れたこと。
目が覚めたら、悪役令嬢レティシアだった。
物語の中では、聖女をいじめ、婚約破棄され、追放される役。
(つまり今、筋書きどおり。……ただし、私は追放=罰と感じない)
私に付き添う侍女のミーナが、不安げに言った。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか……?」
「大丈夫。むしろ、王都より安全かも」
「え?」
「王都は、噂と権力で人が死ぬ場所よ。辺境は、雪と狼で死ぬだけ。分かりやすい」
ミーナは泣き笑いした。
「……お嬢様、変わりましたね」
「元々こういう性格よ。たぶん」
(たぶん。前世の私は優しく見せるのが仕事だった)
私は窓に額を寄せた。
数日後、辺境伯領の城門が見えた。
黒い石で組まれた要塞みたいな城。旗は簡素で、豪奢さはない。実用の塊。
迎えに出てきた男は、噂どおり氷だった。
「レティシア・ヴァンデルだな」
灰青の瞳。白い息。整った顔立ちなのに、笑わない。
辺境伯カイ・リュミエール。魔獣討伐で名を上げた軍人貴族。
「追放者を預かるのは初めてだ。扱いに期待するな」
「期待しません。こちらも、甘やかされに来たわけではないので」
私が即答すると、カイはわずかに目を細めた。
「……噂よりまともだな」
「噂は、だいたい雑です」
(噂が雑なのは、前世も今世も同じだ)
城内の案内が終わり、与えられた部屋に荷物を置く。
私はすぐに執務室へ向かった。
「執務室? お前が?」
「ええ。まず、領地の状況を把握します。予算、在庫、契約、税。全部」
カイが眉を上げた。
「王都から来た令嬢が、数字を見るのか」
「数字は裏切りません。人は裏切ります」
私の言葉に、カイの口角がほんの少しだけ動いた。
たぶん、それが彼の笑いだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
辺境伯領の帳簿は、荒れていた。
(……これ、燃えてる。数字が火事)
支出が不自然に膨らみ、納品記録が薄い。契約書の文言は曖昧。何より、担当者の署名がころころ変わる。
これは横領テンプレだ。前世の監査で見飽きた。
私はミーナと一緒に書類を分類し、カイに報告した。
「結論から言います。補給業者が、領地を食い物にしています」
「根拠は?」
「はい。まず、この冬季食糧契約。単価が昨年の一・五倍。競争入札の記録なし。次に、納品数が帳簿上は満額なのに、倉庫の在庫が足りない。最後に、担当官の交代が急すぎる。これは口止めが入った可能性が高い」
カイは書類をめくり、沈黙した。
そして、低く言った。
「……お前、何者だ」
「追放された悪役令嬢です」
「それは知っている」
私は肩をすくめた。
「前世が、揉め事専門の人事だっただけです。契約と帳簿は、恋愛より得意」
カイがため息をついた。
「領地は戦場だ。魔獣だけじゃない」
「なら、私の得意分野です。敵は紙ですもの」
その夜から、私たちは紙の戦争を始めた。
業者を呼び、契約条項を突きつけ、納品検品を徹底し、支払い条件を改める。
反発は当然来た。脅しも、甘言も。
「奥方になるなら、こういう仕事は男に任せたほうが――」
「奥方の定義を確認しても?」
「は?」
「領民の命を守るのが当主とその配偶者の責務なら、書類仕事も仕事です。性別による職務分担の根拠、あります?」
相手が黙る瞬間が、少しだけ好きだ。
(口で殴れるの、最高)
ミーナが震える夜、私は湯気の立つ薬草茶を渡した。
「お嬢様、怖くありませんか……?」
「怖いわよ。でもね、前世では毎日こうだったの。しかも相手は魔獣じゃなくて、スーツの怪物」
(魔獣のほうが誠実。殴れば倒れるから)
カイは私を止めなかった。
むしろ、背中を守るように立っていた。
「交渉の席に護衛が必要なら言え」
「護衛がいるだけで、相手は暴力のコストを計算します。助かる」
彼は理解した顔をした。
不器用だけれど、合理的。だから信頼できる。
数週間で、領地の支出は締まり、倉庫に食糧が積み上がった。
城の使用人たちの目が変わる。
「追放者様じゃない。……領地を救う方だ」
(人は、結果には弱い。これも真理)
――だからこそ、相手は次の手を打ってきた。
夜半、倉庫の方角が赤く染まった。
警鐘。走る足音。焦げた匂い。
「火事です! 食糧倉庫が……!」
私は寝巻きのまま廊下へ飛び出した。
(来た。物理攻撃。紙の戦争が、火を吹いた)
カイが鎧も着ずに現れ、短く命じる。
「水桶を回せ! 兵は延焼を止めろ!」
「ミーナ、使用人を集合させて。怪我人確認。人数を数えて。混乱すると死ぬ!」
私は叫びながら走った。前世の避難訓練の知識が、今、役に立つ。
炎の前で、業者の男が慌てた顔で兵に取り押さえられていた。
「ち、違う! 俺じゃない!」
「じゃあ、なぜここにいるの?」
私は息を整え、静かに問うた。
男の目が揺れる。背後で、カイの剣が鞘から半分だけ抜けた。
金属音が、夜を切る。
「……脅されたんだ! 王都の……いや、誰かに……!」
「誰か、では足りない。具体名を」
男は震え、吐いた。
「聖女庁の……会計係だ。契約を切られたら困るって……!」
(ほら。線がつながった)
私は火の粉が舞う中で、冷たい笑みを作った。
倉庫は半分だけ焼けた。損害は大きい。
でも、全焼は免れた。怪我人も軽傷で済んだ。
翌日。私は城の食堂に全員を集めた。
兵も使用人も、炊事係も厩舎番も。立場を混ぜると、最初は空気がぎこちない。
「昨夜はお疲れさまでした。まず、怪我の報告と、休養の確保をします」
私は紙を掲げた。
「当面のシフト表です。連続勤務は二日まで。夜番は必ず交代。食事担当は二重化します。誰かが倒れても回るように」
「……そんなこと、していいのですか?」
年配の執事が戸惑う。
「していい。というか、しないと燃えます。人も倉庫も」
(燃えたから言える。説得力って残酷)
ざわめきの中、炊事係の少女がぽつりと言った。
「……私、昨日、怖くて手が動かなくて……でもお嬢様が『数えて』って言ってくれたから、動けました」
「ありがとう。あれは正解だった。混乱してたら、もっと怪我人が出た」
私は全員に向けて頭を下げた。
「ここは辺境です。魔獣も、雪も、火も来る。だから根性じゃなくて仕組みで守ります」
その言葉に、誰かが拍手し、やがて大きな拍手になった。
カイは少し離れた場所でその様子を見ていて、私と目が合うと、ほんの少しだけ笑った。
火が落ち着いた頃、私は雪の上に座り込んだ。
手が震えているのに気づく。
(怖かった。……本当に、怖かった)
そのとき、肩に重みが落ちた。
カイの外套だった。体温が残っている。
「無茶をするな」
「……止まったら、燃えると思った」
「止まっても、俺が燃やさせない」
彼は私の隣に膝をつき、言った。
「お前は、強い」
「強く見せてるだけ。……弱いところ、いっぱいある」
「知っている。だから守る価値がある」
その言葉が、胸の奥の氷を溶かした。
(あ、私。ここで泣いてもいいんだ)
私は外套に顔を埋め、少しだけ泣いた。
カイは何も言わず、ただ隣にいてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、私は焼け残った書類箱を開けた。
中には、私が作っていた監査用サブ帳簿があった。封蝋は割れていない。
(よし。バックアップは生きてる。これがある限り、噂は私を殺せない)
カイが、窓際で雪を見ながら言う。
「なぜそこまで帳簿にこだわる」
「守れるから。領民も、あなたも、私自身も」
私はペンを握り直した。
「前世では、守れなかった人がいたの。退職を申し出た新人が、上司に潰されて……私は規定上は守れるはずだったのに、会社の空気に負けた」
「……それでお前は死んだのか」
「死んだというより、壊れた。だから今度は、負けない」
カイはしばらく黙り、低く言った。
「俺も、母を飢えで失った。補給が止まった冬だった」
「……」
「だから無駄が嫌いだ。誰かの見栄で、命が削られるのが」
氷の人の胸にも、ちゃんと傷がある。
私はそっと言った。
「なら、私たちは同盟ね。あなたの剣と、私の紙で」
「同盟で終わらせる気はない」
カイがこちらを見た。
視線が熱い。私の心臓が、仕事中なのに暴走する。
(これ、労基に相談したい。恋愛の残業です)
その夜、王都から封書が届いた。
王印付き。嫌な予感が、きれいに当たる。
「王都へ出頭せよ。王宮会計の不正調査に協力せよ」
ミーナが青ざめた。
「お嬢様……まさか、また……」
「大丈夫。むしろ、こちらのターン」
私は封書を握りしめた。
(帳簿が噛みつくって言ったでしょう。噛みつかれたのは、誰?)
カイが言う。
「行くのか」
「行きます。逃げたら有罪っぽく見える。私は無罪でも、噂は有罪を作る」
「危険だ」
「危険の種類が違うだけ。王都は言葉の刃が飛ぶ。あなたの剣のほうが、よほど分かりやすい」
カイは黙って、腰の剣に触れた。
「……護衛として同行する」
「辺境伯が? 仕事は?」
「お前がいないと、この城の書類が死ぬ」
その言い方が、少しだけ照れ隠しに聞こえて、胸がくすぐったい。
(氷の人、たまに温度が上がる)
王都への道は、来たときより短く感じた。
馬車の中で、私は資料を最終確認する。カイは向かいで黙っている。
「緊張してる?」
私が聞くと、彼は首を横に振った。
「緊張はしない。怒りはある」
「怒り?」
「お前を追放した。理由も確かめずに」
「あなた、王太子じゃないわ」
「だが同じ貴族だ」
彼が拳を握るのが見えた。
私はふっと笑う。
「怒ってくれて、ありがとう。でも、怒りは刃になる。私たちは裁く側じゃない。正す側よ」
「……お前は、本当に冷静だな」
「冷静じゃない。冷静のふりをしてる。震えてる」
「震えているのに?」
「震えているから。手続きを握るの」
カイはしばらく私を見て、ぽつりと言った。
「……お前のやり方は、強い」
「あなたのやり方も。剣を抜かずに、抜ける空気がある」
馬車が止まり、王都の門が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都は、相変わらず華やかで、息が詰まる。
大広間には、王、側近、監査官、そして――王太子と聖女。
エドワルドは私を見るなり言った。
「戻ってきたか。罪を認める気になったか」
「いいえ。不正を認めさせる準備をしてきました」
ざわめき。
私は深く礼をし、資料の束を机に置いた。
「王宮会計の不正は、三つです。第一に、聖女庁への寄付金水増し。第二に、聖具納入契約のリベート。第三に、辺境補給費の中抜き」
セシリアが顔を真っ白にした。
「な、何を言って……!」
「証拠はここに。契約書の署名、支払い記録、納品記録、そして――あなたの筆跡一致」
監査官が資料をめくり、顔色を変える。
王が低く問うた。
「レティシア、なぜお前がこれを?」
「私は王宮会計を任されていました。帳簿は、嘘をつけません」
エドワルドが叫ぶ。
「でたらめだ! 悪役令嬢の復讐だろう!」
「復讐なら、もっと派手にします。私は是正です」
私は視線を上げ、王太子を見据えた。
「婚約破棄の場で、私は文書を要求しました。ですが、あなた方は出しませんでした。手続きのない処分は、悪用されます。――今、悪用した者が露見しただけです」
王が手を上げると、大広間は静まった。
「聖女セシリア。説明せよ」
「ち、違います……! 私は、殿下が……」
「私の名を使うな!」
エドワルドの叫びが、火に油を注いだ。
王の目が冷たくなる。
「王太子。お前は、監査に協力しろ」
「父上!」
「黙れ」
王の一言で、空気が凍る。
その瞬間、私は小さく息を吐いた。
(終わり。……いや、ここからが自分の人生)
控えの間に戻ると、カイが壁にもたれていた。
私は思わず笑ってしまった。
「勝ちました」
「当然だ。お前の武器は強い」
「武器?」
「言葉と、紙と、……その胆力」
彼は少しだけ近づき、低い声で言った。
「王都はお前を傷つける。だが、俺の領地は違う」
「……私を、追放者として?」
「領地の人間として。いや」
カイは、一度だけ視線をそらし、そしてまっすぐ戻した。
「俺の隣に立つ者として」
(うわ。氷が溶けた)
胸が熱くなる。言い返す言葉が、ひどく不器用になる。
「……契約条件を確認しても?」
「好きにしろ」
「では、私の条件は一つ。定時退社が可能な体制を、維持すること」
「それは努力する」
私は笑って、手を差し出した。
カイはその手を取り、指先に口づけた。
「レティシア。帰ろう」
「ええ。帰りましょう。私たちの現場へ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
辺境へ戻る途中、王からの追伸が届いた。
封を切ると、短い文。
『追放は撤回する。望むなら王都に戻れ』
ミーナが目を輝かせた。
「お嬢様! これで……!」
「……戻らない」
私が即答すると、ミーナは目を瞬かせた。
「どうしてですか?」
「王都は、私を役に戻す場所だから。悪役令嬢、婚約者、聖女の敵。……そういう舞台装置に」
私は窓の外の雪解け道を見た。
「ここは違う。私は、ここで仕事をして、暮らしをして、愛される」
(そして何より、定時がある)
カイが小さくうなずいた。
「なら、俺が王に返事をする」
「内容は?」
「『彼女は俺が預かる』」
「……それ、プロポーズじゃない?」
「違うのか」
私は笑ってしまった。
「違わないわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
春。
辺境伯領の城は、雪解け水の音で満ちていた。
調査の結果は、王都でも容赦なかった。
聖女セシリアは聖女位を剥奪され、会計係と業者は処罰。王太子エドワルドは廃嫡こそ免れたが、権限を大幅に制限され、謝罪文を公表した。
(ざまぁ、というより正常化。でも、読者的にはざまぁだよね)
私は執務室で最後の書類にサインし、ペンを置く。
窓の外では、領民の子どもたちが笑っている。
「お疲れさま。今日は終わりか」
カイが扉にもたれて言った。最近は、よく笑う。
「終わりです。ほら、ちゃんと今日中に終わる仕事だけにしたから」
「学ぶことが多い。王都の貴族は、なぜそれができない」
「できないんじゃない。やらないの。無駄が権威になるから」
カイは首をかしげ、真面目に言った。
「無駄は敵だ」
「同意。だから、私たちは勝つ」
彼は私の肩に外套をかけ、額に触れるようにキスをした。
「レティシア」
「なに?」
「……愛している」
「(あ、言った)」
私は咳払いして、笑った。
「私も。あなたの合理性が、大好き」
「それは褒めているのか」
「最高に褒めてる。だって、私は合理性で救われたの」
窓の外、夕陽が雪の名残を金色に染める。
私はカイの腕に触れ、静かに言った。
「追放は罰じゃなかった。――私が、私になるための、異動だった」
カイがうなずく。
「なら、俺はその異動の受け入れ先だ」
「そうね。最高の配属先」
その数日後、私たちは領民の前で誓いを立てた。
大聖堂ではなく、城の中庭で。派手な儀式より、温かい食事と、働く人の笑顔を優先した。
「辺境伯の妻になるのは、怖くないか」
誰かが私に聞いた。
私は笑って答える。
「怖いです。でも、怖いときほど、手続きを整えます。――それに、隣にこの人がいるので」
カイが少し照れた顔をして、私の手を握った。
その手が温かい。
私は執務室の時計を見た。
針はきっかり、定時を指していた。
「帰りましょう。今日はもう、残業しない」
「命令か?」
「お願い。……二人で守りたいの。ここでの時間を」
「了解した」
私たちは手をつなぎ、廊下を歩く。
その足取りは、少しだけ軽かった。
外の世界は相変わらず複雑で、噂は風のように吹く。
けれど――この城では、私の人生は、ちゃんと私のものだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!紙の戦争と定時退社、楽しんで頂けたら嬉しいです。『ざまぁ最高!』と思ったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援お願いします。次作の励みになります!




