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決意

俺の話を頷きながら彼女は聞いてくれた。俺が言葉に詰まる時は、それを後押しするように「うん……それで」などと相槌を打って聞いてくれる。


話し終えると、彼女は確認するように口を開く。


「それじゃあ、君は母と妹を守るために戻りたいんだね」

「……えぇ」


どこの貴族かは伝えていない。話したのはどんな家庭なのかと、現状の自分の立ち位置だけ。彼女は深く考え込む様に真剣に一点を見つめていた。そういえば、先程からずっと笑っている様な顔しか見ていなかった。そのせいか、思わず彼女の横顔に見惚れる。


顔の輪郭ははっきりとしていて、目鼻立ちは整っている。目はぱっちりと大きく、年齢に似合わない力強さが宿っていた。見た目は、10代くらいに見え、まだ幼さを若干残している。けど、将来は母様と並ぶほど美しくなるのではないか、そんなことさえ思ってしまう。


何か結論が出たのだろう。彼女はぽつりと呟く。


「君を今すぐに返すことはできない」


俺は頷いて答えた。


「分かってます。叶えて欲しいことがあるんですよね?」


そう告げるが、彼女は首を振って否定する。……?どういうことだ。そのために契約を結んだのではないだろうか?


「叶えてほしいことはある。でも、これは別」

「……?」


思わず眉をひそめて、彼女のことを怪訝な表情で見つめる。


「今君が帰っても殺されるだけ。それじゃあ、私の願いもかなえられない。だから君を返せない」

「殺されるっていうのは第二婦人にですか?」

「そうだよ。確実にね」


ありえない。俺が父に密告するのが先だ。……それとも、彼女が門番に対して俺が帰ってきたら報告するように伝えているとか?それこそ、父にその事実が露見すれば彼女の立場が危うくなるだろう。


「君が考えていることは分かるよ。密告すれば勝てると思ってるんでしょ?」

「えぇ……」


言い当てられたことに対して不服ながらもそう答える。


「君は貴族を甘く見ている。名誉を大事にする貴族のことを」

「名誉をですか」

「うん。名誉をね」


馬鹿な。そんなものの為に僕が殺されても黙認されるというのか。ありえない。……その筈なのに、俺の姿を真っ直ぐに捉える彼女の瞳が、事実であるかのように錯覚させる。


「まず確認しておきたいんだけど、君、上位貴族だよね。それも名があるようなところの」

「どうしてそう感じるんですか?」

「君が来ていた服が上品すぎた。それに食事の作法も完璧。早くから習っていたのね。それに何より、早熟すぎるから」


彼女のその観察眼に驚かされる。一般市民からすれば、生地の質の違いなど触っても分からない。同じく上質なものという認識だ。おそらく、生地だけではなく、縫製や装飾にまで目が行ってるのだろう。爵位や家格によって、許されるものの違いを把握したうえで。


彼女はいったい何者なんだ?そんな疑念だけが強くなっていく。俺は迷いながらも素直に答える。


「その通りですよ。一番上の公爵家です」

「なら、なおのこと君は確実に殺される。それだけは断言できる」


あまりに迷いなく、今度ははっきり断言される。


「理由を伺っても?」

「うん、主なものは君たち以外に男子がいないこと。何より、君の母はもう子供を産めないでしょ?」

「えぇ……そう聞いてます」


母は、俺を産んだ後に病を患った。今では立ち上がって何かをするだけでも負担になるほどだ。そのせいで出産という体力を伝う事はもう出来ないのだそうだ。


「男児がいないと、家を相続させることはできない。何より、身内殺しは外聞が悪いから、家内処理されることが殆ど。大抵は事故死としてね」

「そんなこと……」


ないと断言しようとして、言葉を飲み込んだ。事故死した貴族。その人物が何人か思い浮かんでしまったから。もし、それが特別なことなのだとしたら?俺は……どうすればいいのだろうか?


「一番の問題点は、君の母上の実家が協力的なのかということ。第二婦人は騎士の懐柔や傭兵を雇っていることから確実に支援がある。君の場合は?」

「できるとしても、内政関係のみで、軍事はさっぱりですね。逆に第二婦人は部門貴族です」

「……そっか」


彼女はそうポツリと呟いて頷いた。逃げ道が一つずつ防がれるような、そんな八方塞がりな感覚が押し寄せてくる。彼女と話していると、自分と見えている思考の差を否応なく突き付けらえる。彼女ですらこれなのだ、第二婦人のサラは一体どれだけ考えているのか想像すらも出来ない。


俺は一切気付くこともなく、暗殺されかけたのだから。視界がゆっくりと暗転するような感覚に襲われながら、一人地面を見る。沸々と自分の不甲斐なさを感じて、涙が零れそうになった。


一体、俺は何をしてきたんだろう。精一杯やってきたつもりだった。けれど、何一つ見えていなかった。そう考えていると、ふいに温かな感触が俺を包み込んだ。柔らかな香りが鼻をくすぐった。どこか懐かしい匂い。そのおかげだろう、緊張で強張っていた身体が、ゆっくりとほどけていくのが分かる。


「安心して、私が君を導いてあげる」

「アリシアさんが……どうして?」


問いかけると、彼女はそっと身体を離し、微笑んだ。


「だって、君が私の願いを叶えてくれるんでしょ?なら、死なれたら困るもの」


軽い口調とは裏腹に、その言葉は真っ直ぐ胸に届いた。けど、一体僕に彼女の何を叶えることができるのだろうか。彼女は何だってできるのに。


「今の君はまだ力が育っていないだけだよ。可能性があるのに、諦めるの?大切な母と妹の事を……」


母と妹……。思い出すのはいつも三人で笑いあうあの部屋だった。些細なことで笑いあって、飾らない自分でいられる場所。三人で抱き合った感触も温もりも僕は憶えている。


胸の奥深くに刻まれた想いが、ゆっくりと形を成す。迷いは消え、一つの明確な意思が生まれる。


「僕を導いてください」

「うん、わかった」


彼女はそう言って、穏やかに微笑んだ。眼前に広がる空は、先程よりもずっと大きく、澄んで見える。透明で煌いて見えるその空に、気づけば、俺は自然と微笑んでいた。

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