【短編小説】HOME NUDE HOME(狂)
あまり気の利かない喫茶店で、やたら酸味の強い珈琲を飲みながらソープランドで行われている自由恋愛がセックスなのかオナニーなのか考えていると、隣テーブルにカップルが着いた。
大して混んでもいないのに詰めて座る几帳面な気狂いか?と思って目をやると、男の方が椅子を引きながら
「小さな恋と言う映画を見た事が無いなら早く見た方がいいぜ」
そう言って椅子に座るや否や、紙巻き煙草に火をつけてチリチリと吸い込むと、紫色の煙を吐き出した。
とっぽいマンの口から吐き出された中空を転がる曖昧な煙を見て、俺は「あぁふかしてやがる」と口から飛び出しかけた呟きをぬるい珈琲で流し込んだ。
とっぽいマンの対面にいる女は髪を左右で黒と茶色に染め分けているサブカル系で、早くも飲み終わった珈琲カップの裏を見てブランドを確認しながら
「70年代の映画はテンポ悪いからあんま見ないんすよねぇ」
と独り言の様に呟いた。
とっぽいマンは女の言葉に反応できず、黙って窓の外を眺めていた。
そして俺はサブカル子の下着を想像していた。サブカル子はレースの付いた下着なんて付けない。きっと変な柄のブラジャーだし、パンツは履いてないに違いない。
それに対して、ワンチャン狙いのバキバキ勃起チンポが心折られているだろうとっぽいマンは、格好をつけるから国産のパンツを履いたりしないだろう。
きっとインターネットで買った、出所の怪しい海外ブランドの偽物を毎年パンツ買い替えて履いているのだ。
二の句が告げないとっぽいマンはサブカル子とセックスできないだろう。
そう思ったところで俺は席を立ってレジに向かった。
カウンターの中に立っていた感じの悪いアンニュイ面の大学生は、珈琲粉で茶色く汚れた黒エプロンで濡れた手を拭うと、面倒くさそうな顔で会計を済ませた。
目を隠すほどに伸びた鬱陶しい前髪の隙間から見える細い目を見ながら、こいつは平気で女を殴るし避妊なんてした事が無いんだろうなと思った。
映画は倍速で観るだろうし、デュシャンとウォーホールの違いだって分かってないが、帰り際にサブカル子と目を合わせて3秒後にはセックスの約束が取り付けられる。
「憐れ!とっぽいマン!」
俺は店を出て薄汚れた横丁を行きながら、なんで他人のセックスの事ばかり考えているのかと言うことについて考えてみた。
本当なら仕事の事とか、いや同い年の人間たちはとっくに結婚して家庭を持っていて子どもの話をしているのに、なんだって俺は喫茶店の隣に座った男女のセックスだとか下着だとか店員の避妊について考えているんだ?
別に意味なんてない。
そこに夢も希望も無い。単なる暇つぶしだ。それに、仮に俺が何らかの意味を見つけて言ったところで、聞かされた他人には理解不能だ。
大体、他人の行動に意味を求める奴なんてのは愚昧で矮小だ。自分の存在が不安だから他人にもそれを求めてしまう。
それなら早く死んだ方がいい。
そもそも俺はやると言ったらやる気違いなのだ。
大体の人間はやらない。
それも言い訳があるなら良い方だ。誤魔化し、おためごかし、有耶無耶にして生きる恥知らずだ。
期待も希望も後悔も何もかもが曖昧に溶けていく。珈琲に入れたミルクみたいに。
セックス。そいつはなんなんだ?
この薄汚れた横丁で寝転がっている浮浪者にだってそういう愛の瞬間は過去にあっただろう。
もうどんなセックスをしたのかなんて本人も覚えてないだろうし、俺には彼がどんな下着を履いているのかも想像つかないが、それは俺の能力が減退しているからかも知れない。
努力して想像してみる事は必要だ。
彼が肉体的にも若く、不自由のない生活をしていた頃はどうだったか。
俺は何を言っているんだ?
人生はクソだ。
誰かが建てたファルスの影を踏みながら歩く卑屈な背中に赤い夕陽が照り付ける。
仮に俺がサブカル子とセックスをしたところで、とっぽいマンは俺を刺したりしない。そんな度胸があれば奴はサブカル子とセックスができている。
だから人生はクソなんだ。
飛び降りる場所すら誰かのファルス、支配者セックスの上からだ。
冗談じゃない。
冗談じゃ、ない。家に帰ろう。
それで全てが終わるんだ。
俺は送迎のミニバンに乗り込み、相乗りした男たちがどんなセックス(または金のかかったオナニー)をするのか想像しながら、色街の明かりを眺めていた。




