調査途中・担当者証言(抜粋)
【調査途中・担当者証言(抜粋)】
証言者:伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 臨時職員 K氏(二十八歳)
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令和六年九月下旬より、私、Kは伊佐鷺裏市役所 防犯推進課の臨時職員として【桜見荘】の調査に参加していた。主な任務は住民への聞き取りや現地確認であり、日々の業務は比較的地味ながらも地域の安全を守る重要な役割と感じていた。しかし、その中で三○二号室をめぐる事象は、私の日常の常識を大きく揺るがすものだった。
最初に気づいたのは、三○二号室の郵便受けの異様な状態だった。通常、マンションのポストには住人宛の郵便物が配達され、住人が回収するのが日常だ。だが三○二号室のポストには、毎日のように郵便物が入れられているにも関わらず、翌朝にはすべてが消えているというのである。これは何度も確認したことであり、私だけでなく管理会社や郵便局関係者も首をかしげる不可解な現象だった。
これがなぜ異様な状況なのか。
それは、住民の誰一人として三○二号室の住人を見たことがないという話を聞いたからだ。
隣室の三○一号室の住民、向かいの三○三号室の住民、更には他の階の住民に至るまで、三○二号室の人物の姿を目撃した者はいなかった。
私自身も調査で近くに赴いた際、当然のように顔を合わせたり、会話を交わしたりできるものと考えていたため、これには強い違和感を覚えた。
ある日、現地調査の一環として三○二号室のドアをノックした。返答がなければ再調査の依頼を上司に提出する必要があったためだ。
ノック後、すぐに中から女性の声で「はい」との返事が返ってきた。私はその声に安心し、ドアを開けてもらうようお願いした。だが、しばらくの沈黙の後、「今は、無理です」とだけ短く返された。
そこから先は音沙汰がなく、ドアは固く閉ざされたままだった。
この応答は私に大きな疑念を抱かせた。
なぜ中にいる人物は住民と顔を合わせることを避け、極力接触を拒むのか。
郵便物は確かに届き、回収もされているはずなのに、その姿は誰にも見られていない。
存在しているはずの人物が「見えない」、まるで幽霊のような状況だった。
当初は住民のプライバシーや内向的な性格によるものかとも思ったが、調査を進めるうちに三○二号室の特異な点が次々と明らかになっていく。
郵便物が入るが不自然に消える、住民票がない、部屋の間取りが他と異なる……。
こうした点が積み重なり、私はこの住人の正体を解明しなければならない使命感を強く抱いた。
これ以降、私たち防犯推進課のチームは三○二号室を中心に調査を進め、複数の職員が交代で監視や聞き取りを行ったが、不気味なほどに住人の実態は掴めなかった。
住人の安全確認はもちろん、近隣住民の不安解消のためにも、早急に詳細な調査と対策が必要だと痛感している。
私のこの証言が、今後の調査の一助となり、三○二号室にまつわる謎の解明に繋がることを願ってやまない。
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