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No CoLor BeLoved  作者: 日ノ島陽
第一章 果実の殻は破られる
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 十分ほど歩き、森の中にひっそりと建つ建物へとたどり着いた。

 霊林は大樹クオーレの中でも人間が住まう第二層、第三層にそれぞれ数ヶ所ずつ建てられた施設だ。数百年に渡って呪いの発症者を受け入れてきた歴史ある建築物であるが、忌み嫌れている場所でもあるためか外観はお世辞にも綺麗とは言えない。

 鉄の門扉は蔦が絡み、外壁にはヒビが入っている。しかし、前庭には手入れされている花壇があったり、三階建ての窓のあちこちに紙で作ったと思われる花飾りが張り付けられており、人のあたたかみを感じる。

 オフェリエの木から降りたノヴァは、一言礼を言うと玄関へと近づいていった。

 そのままノックをしようとして――突然開いた扉にそれを阻まれた。

「ノヴァ! どこに行っていたの!」

 そこから出てきたのは少年だ。年は十を少し超えたくらいか。くすんだ茶色の髪はくせ毛のためか毛先が暴れまくっている。丸い瞳はうるうると涙に濡れながらノヴァを見上げている。

「ただいま。すまない、天気が良かったから、休憩していたら途中で寝てしまっていたようだ」

「いくら天気が良くても、外で寝ると風邪ひくよ? ……ねぇ、後ろの人たちはだれ?」

 一瞬瞠目し、それから微かに目を眇めて少年がイザヤたちを一瞥する。竜胆のような淡い青紫の瞳には分かりやすい警戒心が宿っている。

「彼らは客人だ。ミソラで転移魔術の事故に巻き込まれたようでな、こんなところに来てしまったようだ。今夜泊っていくから、失礼のないようにするんだぞ」

「へぇ。たまにあるっていうよね、転移魔術の事故。おねーちゃんたち、災難だったね」

 転移魔術の事故というのは霊林まで来る道中ででっちあげた三人の経緯だ。

 とある事情を抱えたお嬢さん――黒の民で、貴族まではいかないがそこそこ有名どころの親戚――と、その護衛。ミソラから第二層へ転移するべく黒の民が管理する関所へ訪れたところ、事故が起きて違うところに飛ばされてしまった。

 転移魔術の事故はそこそこの頻度で起きているという。そもそもこの類の魔術は扱える人間が非常に少ないため、少人数体制で日々訪れる転移希望者たちをどうにかしようとすると、術者は疲労もたまり集中力が続かないというわけだ。言い訳としてはありきたりだが、一番通りやすくもある。

 転移魔術の事故、という点においては嘘ではないのだが。

「私は施設長に宿泊の許可をもらってくる。今はどちらに?」

「施設長なら昨日出て行ったよ。休養をとるから手伝いに呼ばれたってだからノヴァ自身が言ってたじゃんか」

「そういえばそうだった……」

「あ、でもさっきスフェンちゃんが着いたよ。食堂でご飯食べてる」

「分かった。ではスフェンに話を通してくるからこの方々を客間まで案内しておいてくれ」

「はぁい」

 ノヴァが廊下の奥へ去っていくのを背に少年は笑顔を浮かべてイザヤたちに向き直る。笑顔、とは言いつつも警戒の光は解けない。

 イザヤは窓を一瞥してから、案内されるままに玄関の扉をくぐった。

 二階、三階から数人分の視線がイザヤたちを見ていたようだった。レースのカーテン越しに顔までははっきりと見えなかったが、白の貴族特有の強靭な視力は人影の形を捉えていた。少年少女から大人の影まで、複数の収容者が不安そうに震えていた。

 それも仕方のないことだ。

 ここにいるのは、呪いの発症者として虐げられて追いやられた者がほとんどだろうから。



 少年は三人を客間へ案内すると、明らかな愛想笑いをしながらそそくさと部屋から出て行った。突然怪しい三人組が現れたら不信にも思うだろう。

「幸先が良かったねぇ。フリンデル=アダラ家の関係者と、こんなに早く会えるとは」

 古びていながらも柔らかなソファに腰かけ、エリヤが言う。

「フリンデル=アダラ家……ですか。お二人はノヴァさんの発したその言葉に反応されていましたね。私にも説明していただけますか?」

「もちろん。大樹クオーレ内部の人間は白の民、黒の民と分かれているんだ。見分け方は簡単、髪と瞳の色が白に近ければ白の民、黒に近ければ黒の民。その中でも無彩色に近しい色を持つ複数の血族があってね、それを貴族と呼ぶ」

 エリヤは語る。

 貴族は大貴族に従属し、それぞれ土地を治めている。大貴族には及ばずとも力を持った家のことだ。

 フリンデル=アダラ家は白の大貴族フリンデル=ウィット家に従属する白の貴族。数十年ほど前までは治める土地も小さかったのだが、約百年前に使徒ソルが第三層の中心部に家を移すよう要請したことをきっかけに中心部を管轄するようになった。元々は黒の貴族が治めていたところを、使徒ソルが立場を逆転させてしまったのである。

 人を超えた存在である使徒には大貴族も口出しできず、フリンデル=アダラ家は突然使徒ソルお抱えの家になったというわけである。

「なぜ使徒ソルがフリンデル=アダラ家を引き入れたのかは分からない。その時から大きな動きもないし、意図は読めないけど、彼が入れ込んでいるのは事実。フリンデル=アダラ家に近づくことは、使徒ソルに近づくことと同義なんだよ」

「なるほど。うまく取り入れば、第三層の封印解放の可能性が見えてくるというわけですか」

「そう。僕ら三人で貴族と使徒相手に戦いを仕掛けるよりも、話し合いで近づいた方がよっぽど建設的ってわけ。オフェリエがノヴァさんを助けたことはそのきっかけに出来るかもしれない――いや、必ず繋げないといけない」

 そういえば、とオフェリエが言う。

「ノヴァさんはフリンデル=アダラ家の使いをしていると仰っていましたね。なぜ黒の民であるノヴァさんが白の貴族の下で働いているのでしょう」

「確かにそうかも? 一般的なお店とかだと白黒関係なく働くこともあるけど、貴族の家だもんねぇ」

「――エリヤ」

 壁にもたれかかっていたイザヤが口を開いた。白銀の視線が客間の扉へと向けられる。

「足音が近づいてくる。認識阻害を忘れるな」

「だいじょーぶ。完璧にかかってるよ」

「イザヤさんは小さな音もよく聞こえるのですね。私はまだ聞こえませんが……」

 そしてオフェリエはイザヤを見上げて数度瞬きをする。彩度の感じられない真っ白な髪と、鏡のような銀色の瞳。エリヤの術で他の人間には違う色に見えているのだろうが、彼本来の色は無彩色だ。白の大貴族は身体能力が並外れて高いが、それは五感も含まれる。

「なるほど。イザヤさんは大貴族の生まれなのですね」

 やっと気づいたらしい。イザヤは無言を返答として扉へ注意を戻した。

 少しして、ノックの音が響いた。

 エリヤが入るよう促せば、女性が一人入ってきた。

 ノヴァではない。白みがかった若葉色の長い髪を低い位置で二つに結った女性だ。白茶のような瞳からしても白の民だろう。年は二十代中ごろか。手には革製のカバーがかけられた手帳を持っている。

「失礼いたします。ノヴァさんからお話は聞いておりますわ。大したおもてなしも出来ず申し訳ございません」

 女性は軽く頭を下げると、姿勢を正して微笑んだ。

「わたくしはスフェン。この霊林の施設長タイタナの孫で、祖母不在の間だけ代理としてお手伝いに来ていますの。祖母の代わりにお礼をさせてくださいまし。ノヴァさんを助けてくださってありがとうございます」

 彼女はどうやら上流階級の生まれのようだった。言葉遣いはお嬢様のようであり、仕草も無駄がなく丁寧だ。しかし、髪と瞳の両方に彩があることから貴族ではない。せいぜい、貴族に従属を示した家の出か。

「ノヴァさんは自室で休ませております。子供たちに任せたので、あとは一晩休めば大丈夫でしょう」

「それは良かったです」

 ほっと胸を撫でおろしたオフェリエにスフェンは優しい顔を向けた。

 それからイザヤとエリヤを順に見る。

「イザヤ様とエリヤ様、オフェリエ様ですわね。お礼ももちろん言いたかったのですが、貴方方にもうひとつお話したいことがあってわたくしはここに来ました」

 凛とした眼差しは、スフェンがお嬢様であってもただの箱入り娘ではないことを示すようだった。

「僕らに出来ることでしたら。今晩、泊めていただく御恩もありますし」

 にこやかにエリヤが促せば、スフェンは小さく頷く。

「わたくしの代わりにノヴァさんをミソラまで送り届けてほしいのです。どうも、ネーヴェ=アーテル家に狙われているらしく……。彼女は、使徒ソルの寵愛を受ける唯一の女性ですから」

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