1年目6月:第八話「音の中の居場所」
「……ねえ、澪、なんか今日、音小さくない?」
合奏練習の休憩時間。
茉莉先輩がポカリのペットボトルを手に言った。
「うん、全体の音に埋もれちゃってたかも。もっと前に出していいよ、澪のパート」
「……すみません」
澪は思わず、そう返してしまった。
自分でも、音が小さくなっていたのはわかっていた。
合わせよう、合わせようって必死になるほど、音が引っ込んでいく。
ずれてはいけない、ミスしてはいけないと思うほど、音が消えていく。
「……私、いてもいなくても変わらないかも」
そんな言葉が、喉の奥に渦巻いた。
言葉にはしなかったけれど、胸の奥でじんわりと疼いていた。
「はーい、おれも今日から参加しまーす」
そこに、のんびりとした声が重なる。
宮下陽。ギター経験者、なのに箏を選んだ変わり者。
「この曲、テンポ感が命っすよね。拍のウラを感じないと流れる感じが出ないっすよ、たぶん」
宮下は、さっそく先輩たちとテンポや強弱について語りはじめる。
彼の音は、派手ではないけれど、存在感がある。しっかりと、支えてくれるような音だった。
澪はそれを聴いて、ふと気づいた。
“支える音”というものがあることに。
リードする音でも、目立つ音でもない。
でも確かに全体をまとめ、流れをつくる、芯のような音。
(私も、そうなれるだろうか)
再び合奏が始まったとき、澪はほんの少しだけ意識を変えた。
主旋律をなぞるのではなく、「誰かと重ねる」ように。
耳を澄ませて、隣の音を受け止めてから、自分の音を鳴らす。
ぽろん──
亜季の音と、ほんの少し重なった瞬間。
その響きが、胸の奥にふわりと広がった。
「いま、澪の音、きれいだった」
練習後、亜季が珍しくそう言った。
「えっ……私、まだまだで……」
「でも、誰かを聴いてた。そういう音だった」
その言葉に、澪の頬が少し熱くなる。
“音の中に、居場所がある”
そんなふうに感じたのは、初めてだった。
合奏の中、自分の音が誰かの音にふれて、混ざって、寄り添っていく。
それが、ただ嬉しかった。