表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/50

1年目6月:第七話「ずれる音、ふれる音」

六月、梅雨入り。

 窓の向こうで、雨がぽつぽつと音を立てていた。


 箏の弦を伝って落ちる雫のような雨。

 しっとりと空気が重くて、だけど、心のどこかがそわそわする。


 


 今日から、合奏が始まる。


 


 「じゃあ……“さくらさくら”から入っていこうか。全員、一の糸は確認してねー」


 茉莉先輩の明るい声が響く。


 “さくらさくら”――春に習った旋律を、今度はみんなで合わせる。

 簡単なメロディ、でも合わせるとなると話は別だった。


 


 「せーの、いち・に・さん・はいっ」


 


 ぽん……ぽん……ぴん……ぽろ……


 最初の一小節から、音がバラけた。

 誰かのタイミングが早くて、誰かの爪が弦をすべった。


 


 音楽室の空気が、すぐに気まずくなる。


 


 「うーん……ごめん、いま、どこでずれたか分かった人ー?」


 茉莉先輩が問いかけても、誰も手を挙げなかった。


 澪も手を膝にぎゅっと置いて、うつむいた。


 


 自分のせいかもしれない。でも、自信がない。

 だって、耳がまだ“全体の音”を拾えてない。


 


 隣を見ると、亜季は相変わらず静かな表情で、譜面を見つめていた。

 「また、始めましょう」とでも言いたげな、整った顔。


 


 「合わせるって、難しいね」


 小さく澪がつぶやくと、亜季が少しだけ顔を向けた。


 


 「……うん。でも、それが楽しいんだよ」


 


 「ずれてるのに?」


 


 「うん。ずれてるから、気づけることもある」


 


 そう言った亜季の言葉に、澪は思わず顔を上げた。


 


 「ずれて、気づく……?」


 


 「自分がどんな音を出してるのか、他の人がどんな音を持ってるのか……ばらばらだからこそ、わかることってあるよ」


 


 その言葉は、まるで自分のために用意されていたかのように感じた。


 


 合奏は、そのあとも何度も崩れた。

 でも、一度だけ──短い時間だけ──全員の音がきれいに重なった瞬間があった。


 


 そのとき、澪の手の中にある箏が、かすかに“震えた”ように感じた。


 音がふれあって、ひとつの輪を描いた気がした。


 


 「……いまの、一瞬だけど、すごかったね」


 休憩時間、澪がつぶやくと、茉莉先輩がにっこり笑った。


 


 「ね。そういうのを“合奏の魔法”って呼ぶんだよ。だからやめらんないの」


 


 雨の音はまだ続いている。

 だけど、澪の胸のなかには、確かなあたたかさが残っていた。


 “誰かの音にふれる”って、こういうことかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ