表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『風音のあとで』  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/50

2年目8月・第1話「静かなズレ、届かない音」

山の上に建つ、築五十年の合宿所。

 木造の廊下に風が吹き抜け、畳の部屋に差し込む光がやけに柔らかく見えた。


 「じゃあ、午前中は合わせの練習ね」

 茉莉の号令で、部員たちは箏の前に座る。


 文化祭で演奏するオリジナル曲――澪が作った《風に乗せて》。

 いよいよ、それを本格的に練習する合宿が始まった。


 


 けれど、出だしから音は揃わなかった。


 


 「……ごめん、ちょっとズレた」

 「ここのタイミング、揃いづらいね」

 「いや、そもそも構成が甘いんじゃ……」


 


 澪は、譜面を見つめながら指を止めた。


 音が、重ならない。

 旋律が、ばらばらに泳いでいく。


 耳に入ってくるのは、他人の“音の強さ”と、自分の“音の弱さ”ばかりだった。


 


 「このパート、主旋律に合わせて弾くって感じでいいの?」

 宮下が、軽い調子で訊いてくる。


 「う、うん……でも、少し“余韻”を意識してもらえると、響きが柔らかくなるかも」


 「なるほど。でも、それってコード感も作らないと弱くない?」

 「え、コード……?」


 


 亜季が、そっと口を挟んだ。

 「宮下くん、あまり変にハーモニーつけすぎると、箏本来の響きが濁るよ」


 


 「え、そうかな? ちょっとオシャレになるかなって思ったんだけど」


 「それ、ギター感覚でしょ。箏の“間”は、そこじゃないよ」


 


 少し、空気が冷える。


 


 茉莉が笑ってごまかした。

 「まあまあ、合宿の初日から険悪モードは禁止。ね?」


 


 でも、その後の合わせも、音はそろわなかった。


 気持ちが、どこか噛み合っていない。


 “自分の正解”を信じるあまりに、互いの音がぶつかっているように思えた。


 


 夜。練習後、澪はひとり縁側に座っていた。


 草の匂い、虫の声。

 風鈴が、カラリと鳴る。


 


 「……なんで、うまくいかないんだろう」


 呟いた声は、自分の胸にだけ返ってきた。


 


 自分が作った曲なのに、自分の音さえも見失ってしまいそうになる。


 それぞれが思い描いている“良い音”が、少しずつ違う。


 


 “伝えたい”と思えば思うほど、

 ズレていくようで、怖かった。


 


 膝の上でスマホを取り出し、録音アプリを起動する。


 風鈴の音を、そっと保存してみた。


 


 ――この“風の音”だけは、誰にも邪魔されずに鳴っている。


 


 そんなことを思いながら、澪はもう一度、夜の帳に沈んだ練習曲を口ずさんでみる。


 


 でも、音は――まだ、揃わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ