2年目7月・第1話「選曲会議、平行線」
「それで、文化祭の演奏曲なんだけどさ――」
茉莉先輩の声が音楽室に響いたのは、金曜の放課後。
窓の外では蝉が鳴いていて、室内に流れ込む風が、畳の縁をふわりと揺らしている。
部室の中央、箏を囲むように部員たちが正座している。
茉莉はホワイトボードに手書きの候補曲リストを並べながら、満足げに頷いた。
「やっぱ『六段の調』は外せないと思うの。うちの看板曲だし。
あと、去年やった『春の海』も候補に――」
「……ちょっと待ってください」
静かに、だがはっきりとした声で遮ったのは宮下だった。
背筋を伸ばし、譜面を持ったまま視線を茉莉に向ける。
「このラインナップ、全部古典ですよね。たしかに伝統は大事だと思います。
でも、正直、文化祭って外の人が一番来る舞台だし……もっと耳に残る曲をやってもいいんじゃないですか?」
「耳に残る、って?」茉莉が眉をひそめる。
「たとえば、ポップスのアレンジとか。『千本桜』の箏バージョンとか、調べたら色々あるんですよ。
箏ってこういう音も出せるんだって、驚かせたいっていうか」
部屋に沈黙が走る。
その横で、澪は膝の上で手を握りしめていた。
どちらの言い分も、わかる。
茉莉先輩の言う「うちの色」も、宮下の「外に向けた音」も、どちらも嘘じゃない。
けれど、視線を横にずらした先――亜季の表情は、明らかに険しかった。
「伝統曲は“ただ古い”わけじゃない。
構成も技法も、演奏者の力量が一番出る。
だから、文化祭の顔になる曲には、そういうものを選ぶべきだと思う」
「……でも、それって自己満じゃないですか?」
宮下が言った。空気が一瞬、凍った。
「演奏する側だけが気持ちよくても、お客さんが退屈だったら意味がない。
“音を届ける”って、そういうことじゃないんですか?」
その言葉に、亜季の指先がぴくりと動いた。
澪は反射的に声を上げそうになって、飲み込む。
何が正しいのか、まだわからない。
でも、どちらも「届けたい気持ち」を持っていることだけは、確かだった。
「……まあまあまあ」
茉莉が手を叩いて笑ってみせる。
「とりあえず、意見は全部出たってことで!今日のところは持ち帰りってことでいい?
せっかくだし、みんなも何か候補曲探してきてよ。来週また話そう」
そうして会議は、一応の“平和”を保ったまま終わった。
が――澪はわかっていた。
このままでは、選べない。
“らしさ”の違いが、音の前に立ちはだかっている。
帰り道、夕焼け空の下。
澪はふと、音楽室に貼られた古い写真を思い出す。
何年も前の文化祭、全員が笑顔で箏の前に座っていた。
あの写真の中の“音”って、どんな音だったんだろう。
胸の奥に、小さな風が吹いたような気がした。




