2年目6月・第1話「見えないズレ」
「合わせてみようか」
澪が声をかけると、部員たちは頷き、ゆっくりと箏の前に座る。
窓の外には雨上がりの光。
しっとりと湿った空気が、畳の匂いを少し濃くしていた。
文化祭に向けて、今年は新しい曲に挑戦することになった。
「風舞」という三拍子中心のリズミカルな楽曲。
伝統的な和の旋律に、現代的な転調が加わった難しい構成。
澪にとっては、初めて「自分たちの代」が中心になって取り組む曲だった。
指導する立場になった責任。けれど、それ以上に——
「……みんなで音を合わせられるのが、嬉しい」
はずだった。
けれど、鳴らされた第一音から、どこかがズレていた。
テンポは合っている。音も外れていない。
でも、どこかぎこちない。音が“すべって”いく。
茉莉先輩が首をかしげる。「……なんか、噛み合ってない感じ、するよね」
澪は頷いた。自分でも、心に引っかかるものを感じていた。
ひとつひとつの音が、まるで違う場所を向いているみたいだった。
「もう一回、お願いします」
亜季の声が、いつもより少しだけ鋭く聞こえた。
再び、合奏。
でも、やっぱり、何かが“噛み合わない”。
――何が悪いんだろう。
譜面を追いながら、澪は不安に満ちた思考に落ちていく。
自分の音が原因かもしれない。
でも、それを確かめるすべもない。
「……今日のところはここまでにしようか」
茉莉先輩の声に、練習が静かに終わった。
帰り支度をしながら、澪はそっと亜季に近づいた。
「……ねえ、今日の演奏、どう思った?」
亜季は答えなかった。
ただ、少しだけ譜面に目を落とし、ひとこと。
「もっと練習して」
その言葉は、澪の胸にすとんと落ちたようで、同時にちくりと痛かった。
——どうして伝えてくれないんだろう。
——どうして、こんなにズレているんだろう。
夕暮れの廊下を歩きながら、澪はふと気づいた。
自分も、亜季も、みんなも。
「合わせる」ことばかりを気にしていて、
その先にある“なにか”を、置き去りにしている気がする。
音は合っている。
でも、心が合っていない。
それが今、自分たちの“見えないズレ”なんじゃないか。
そんな思いだけが、どこか胸の奥で静かに鳴っていた。




