2年目・4月・第3話:第三十九話「最初の“音合わせ”」
金曜日の放課後。仮入部最終日。
窓の外では、桜の花びらが名残惜しそうに舞っていた。
教室のざわめきとは違う、静かな空気が音楽室に流れている。
「今日は、簡単な合奏をしてみようと思います」
茉莉先輩がそう言って笑うと、新入生たちの表情がぱっと明るくなった。
「えっ、もう合わせるんですか……?」
と戸惑う子もいれば、「楽しみです!」と目を輝かせる子もいた。
澪はといえば、少しだけ緊張していた。
自分が合わせる側ではなく、“導く”側。
指一本、視線ひとつに気を配る感覚は、今までにないものだった。
「じゃあ、ゆっくりいこう。“さくらさくら”のアレンジ、2小節だけね」
茉莉先輩がテンポを数える。
いち、に、さん、はい──
ぱらん、と音が鳴った。
それぞれの箏から、ぎこちないながらも一斉に音が出る。
タイミングがずれ、音も不揃いで、和音というにはまだ遠い。
でも澪には、その瞬間、確かに**「音が混ざった」**感覚があった。
──あ、いま、ちょっと、音が重なった。
それだけで、心の奥がじんわりと熱くなる。
初心者の子が焦ってずれたとき、澪はそっとテンポを引き戻すように、
自分の右手で合図を送った。
その小さな動きに、となりの子が気づいて、少しだけ笑った。
ふいに、宮下が隣のパートで軽やかに音を鳴らす。
「なんとなくコード感ありますね」と呟く彼の目が、まっすぐ前を見ていた。
その言葉に、澪の中の何かが動く。
──ああ、箏って、こんな風にも“聴く”ことができるんだ。
ふだんとは違う角度からの感性。
それがまるで風のように、部室の空気に揺らぎを与えていく。
「音が、混ざるって……不思議ですね」
練習が終わったあと、新入生のひとりがぽつりとそう言った。
澪は頷いた。ほんの小さく、けれど確かに。
「……不思議だけど、すごく、あったかいよね」
まだまだ導ける自信なんてないけど、
この瞬間の音だけは、ちゃんと伝わったと思う。
音を合わせるって、技術だけじゃない。
心と心の距離が、音にあらわれるのかもしれない。
それを、今日少しだけ感じられた。
春の終わり。
新しい音たちが、静かに、でも確かに重なり始めていた。




