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『風音のあとで』  作者: 南蛇井


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2年目・4月・第2話:第三十八話「教える、という戸惑い」

 「えっと、これが“爪”で、こう……ですね……」


 


 自分でも曖昧なまま、澪の手元がぎこちなく動く。

 目の前の新入生の女の子は、目をぱちぱちとさせていた。


 


 「すごい音がしますね……!」


 


 笑顔でそう言ってくれたことに、澪はほっとする。けれどそのすぐ後に、

 何をどう説明したらいいのか、喉の奥で言葉が止まってしまう。


 


 “教える”って、こんなに難しいことなんだろうか。


 


 去年の春、佐伯先輩が手を添えて教えてくれたときのやさしさが、

 今になって胸に刺さってくる。


 


 ——私、あのときどれだけ助けられてたんだろう。


 


 視線の先で、亜季は1年生のもう一人に、流れるような手つきでフォームを教えていた。

 言葉は少ないけれど、動きに無駄がなくて、伝わっているのがわかる。

 それがまた、澪を焦らせた。


 


 自分には、何も伝えられていない気がする。

 音も、言葉も、ぜんぶ空回りしてる。


 


 「大丈夫ですよ、先輩。私、不器用だけど、がんばりますから」


 


 新入生の子が、そう言って笑った。

 澪は、思わず目を見張る。


 


 ——あ、私、励まされてる。


 


 情けないような、でも少しだけあたたかい気持ちになる。

 伝えられてないと思ってたけど、それでも何かは届いていたのかもしれない。


 


 すると、部室の戸がガラリと開いた。


 


 「すみません、あの、男子でも……見学していいですか?」


 


 その声に、部屋が一瞬静まりかえった。

 そこに立っていたのは、短めの髪に軽い笑みをたたえた男子生徒。

 宮下 陽。


 


 「ギターちょっとやってたんですけど、箏ってどういう楽器か気になって」


 


 ギター、という単語に、茉莉先輩がぱっと興味を示す。

 澪は、何か少し違う空気が流れたことを感じ取っていた。


 


 ——男子が入ってきた、というだけなのに、

 部室の空気が、すこし違う“音色”になった気がした。


 


 「ようこそ。じゃあ、まず座ってみて。姿勢、大事だからねー」


 


 茉莉先輩が気さくに対応する中、

 澪は、音楽室に新しい風が吹き込んできたような感覚を覚えていた。


 


 変わる、ということ。

 それは少し怖くて、でも、どこか心が騒ぐことだった。

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