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『風音のあとで』  作者: 南蛇井


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33/50

1年目2月・第3話:第三十三話「この部屋で、また音を鳴らす」

卒業式の翌日、音楽室の鍵を借りて、澪はひとりその扉を開けた。


 


 薄く曇った窓から、やわらかな陽が畳に差し込んでいた。

 壁際にはいつも通り箏が並び、静かに、そこに“居た”。


 


 佐伯先輩がいない音楽室。

 でも、空気がからっぽだったわけではなかった。


 


 (昨日の音が、まだ残ってる)


 


 箏を一面だけ取り出し、正座する。

 爪をはめる指が、すこし震えていた。


 


 (ひとりで、弾けるかな)


 


 だけど、澪は弾きたかった。

 昨日聴いた「六段の調」を、自分の音でなぞってみたかった。


 


 ぽうん。


 


 一音目が、部屋に落ちる。

 それは昨日とまったく違うのに、確かに「つながっていた」。


 


 思い出すのは、佐伯先輩のあの背中。

 舞台の真ん中で、静かに微笑みながら奏でた人の姿。


 


 「音って、心の余白に入ってくるんだよ」


 


 その言葉が、爪の動きに重なる。


 


 澪の「六段」は、たどたどしい。

 けれど、想いがこもるたびに音に柔らかさが宿る。


 


 最後の音を響かせ、ふっと肩の力が抜けたとき、

 澪はぽつりとつぶやいた。


 


 「またここで、音を鳴らすよ」


 


 この部屋が好きだ。

 この音が好きだ。

 そして――この“つながり”を、大切にしたい。


 


 そのころ、佐伯先輩は引越しの準備の合間に、一通の手紙を開いていた。


 


 それは、自分宛てに残しておいた未来への便りだった。


 


 「音は残る。わたしの中にも、あの子たちの中にも」


 


 微笑んで、封を閉じる。

 心のなかに、もう一度だけ澪たちの音がふわりと響いた。

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