1年目1月:第二十八話「音と言葉の間で」
年が明けて、久しぶりの音楽室は、どこか懐かしい匂いがした。
正月飾りが残る廊下を抜けて、澪が部室に入ると、
すでに茉莉先輩と亜季が座布団に座って談笑していた。
「おはよ、澪。あけましておめでと」
「ことしもよろしく」
「……おめでとうございます。今年も、がんばります」
少し照れながら深く頭を下げると、
茉莉先輩がにやっと笑った。
「うんうん、年始らしい! ということで、さっそくだけど――今年最初の企画!」
ホワイトボードにくるりと書いたのは、太字の文字。
「書道部×箏曲部 新春コラボ」
「え……書道部と?」
澪は思わず声をもらした。
「そう! 新春らしくね、書道の“書き初め”と、箏の演奏をコラボさせたいの」
「音に合わせて、文字を書くってこと?」
亜季が冷静に尋ねる。
「そう。曲の途中に書いてもらったり、即興で反応してもらったりね。
演奏するこっちも“言葉を意識して弾く”ことができるようになると思うんだ」
言葉を意識する。
それは、冬の演奏会で感じた“伝える”という思いとどこか重なった。
「でもさ、自分の音に……どんな言葉が合うかなんて、分からないです」
澪の小さな声に、茉莉先輩は少し目を細めた。
「そっか。でもさ、澪。あのときの演奏――あれ、“風みたい”って感じたんだよね、私は」
「風……」
「うん。澪の音って、静かだけど、ふわって心に触れてくる感じ。
そういう感触に、ことばをつけてみたらどうかな。たとえば、“そよぎ”とか、“ひかり”とかさ」
茉莉先輩は軽く言うけれど、澪にとってはとても難しい作業だった。
自分の音に、名前をつける。
それは、恥ずかしくて、でもほんの少し嬉しいことでもあった。
帰り道、廊下を歩いていた澪は、ふと書道部の掲示板の前で足を止めた。
そこには、書き初め作品が並んでいた。
「志」「一閃」「心音」「夢風」……さまざまな言葉が、太筆で力強く書かれている。
(これ、全部……その人の一年の気持ち、なんだ)
言葉って、こんなふうに選ぶものなのかな?
澪には、まだぴったりくる言葉は見つからない。
でも、見つけられる気がした。
音の中に、まだことばになっていない気持ちが、きっとあるから。
その夜、澪は小さなメモ帳を取り出して、
浮かんだ言葉のかけらをひとつずつ書いていった。
「透」「雪」「ぬくもり」「そっと」「風」――
まだ形にならないけれど、どれも、自分の音のような気がした。
音と言葉は、きっと、少し距離がある。
でも、その間にあるものを探す旅が、いま始まろうとしていた。




