1年目12月:第二十七話「冬の舞台、風のように」
舞台の上は、思っていたよりもずっと明るかった。
視線の先に客席がうっすら見えて、その最前列に、澪の両親が並んでいた。
母はにこやかに手を振り、父は少し緊張した面持ちで座っている。
澪は、胸の奥がぎゅっと締まるのを感じた。
(見られてる……。だけど、今日は、ちゃんと伝えたい)
音楽発表会の本番。
八重桜高校・箏曲部の演奏は、全校生徒と来賓を前にした堂々たる舞台だった。
茉莉先輩が一歩前に出て、マイクを手にする。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。
私たちは“箏曲部”という、ちょっと地味だけど、音の美しさだけは自信のある部です」
笑いが起きる。
それを見て、澪も肩の力を少し抜いた。
「今回、私たちは“風の輪”という、古典と現代の融合曲を演奏します。
風が人の心をなでるように、私たちの音も誰かに届いたらうれしいです」
茉莉先輩が澪の方をふと見る。
その目は、“いけるよ”と静かに言っていた。
曲が始まる。
澪の音は、最初の一音から、驚くほど自然に響いた。
無理に伝えようとはしなかった。
ただ、いまの自分の心のかたちを、そのまま指に託していく。
“言葉にできなかったこと”――
悔しかったことも、うれしかったことも、
ここまでついてきてくれた仲間への思いも。
風のように、音が運んでいく。
それは、強くはないけれど、確かに“心をなでる”風だった。
演奏が終わると、会場には静かな拍手が広がった。
それは一瞬遅れて、だんだんとあたたかく大きくなっていった。
袖に戻ると、澪は大きく息を吐いた。
茉莉先輩が、「やったね」と笑い、亜季が澪の背中を軽く叩いた。
演奏後、楽器を片づけながら、澪は客席の方をふと見た。
母が、目元をぬぐっていた。
帰り道、母がそっと言った。
「今日の音、ね……ちゃんと“伝わって”きたよ」
澪は、うなずいた。
それ以上の言葉はいらなかった。
それは、“届いた”という確かな感触。
音楽の意味を、初めて言葉ではなく、実感で理解した瞬間だった。
冬の風が、帰り道に吹いていた。
でも、澪の心は不思議と、冷たくなかった。
音はたしかに、誰かの心に届く。
その風景を、自分はこれからも見ていたい――そう思った。




