1年目11月:第二十四話「伝わる音って、どんな音?」
「見たよ、箏の動画。よかった!」
週明けの昼休み、音楽室の前で声をかけられて、澪は思わず立ち止まった。
声の主は、来年度に八重桜高校を受験する予定の中学三年生の姉妹だった。
先週末、部活動見学の一環で学校に来ていて、今日は再訪らしい。
「お姉ちゃんが箏習ってるんだけど、動画観て“高校でも続けたい”って言いだしてさ」
「……ほんとに、観たんですか? わたしの……演奏……」
澪の声は思わずかすれた。
心臓が、ぐっと締めつけられる。
「うん。『静かだけど、気持ちがこもってた』って」
「あと、“音に顔がついてた”って変なこと言ってたよね、お姉ちゃん」
それを聞いたとたん、澪の目にふっと涙が滲んだ。
「ご、ごめんなさい……。あの、なんか……びっくりして」
「泣いてるの?」
中学生が戸惑いながら聞く。
「ううん、うれしくて。なんか、うれしくて」
それはたぶん、初めて“確かに伝わった”と感じた瞬間だった。
「良かったよ」と言われるたび、どこか現実味がなかった。
でも、今日。
見知らぬ誰かが、「澪の音」を観て、聴いて、感じてくれた。
その結果として、「この部に入りたい」と思ってくれた。
それが、何よりもうれしかった。
放課後の部室。
澪はふと爪を見つめてから、ぽつりと呟いた。
「伝わる音って……、技術だけじゃないんだね」
「うん」
椅子に座っていた亜季が、小さく頷く。
「相手に“どうなってほしいか”とか、“何を感じてほしいか”とか……」
「そういうのが、きっと乗るんだと思う。音に」
「……そっか」
澪の胸に、ことばが静かに沈んでいく。
“音に表情をのせる”。
それは、まだ自分には難しいと思っていたけど、
きっと少しずつ、できるようになるかもしれない。
“技術”も、“気持ち”も、どちらも育てていくものなのだ。
部室の畳の上、光の筋が揺れている。
そこで爪をつけた指をそっと構える。
ぽろん。
ひとつ鳴らしてみた音が、今日の空気に溶けていった。
それは、静かで、あたたかい音だった。




