表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『風音のあとで』  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/50

1年目10月:第二十一話「伝えるって、怖い。でも、うれしい」

第二十一話「伝えるって、怖い。でも、うれしい」

 


 「じゃあ、この子たちに箏の説明お願いしていい?」


 


 茉莉先輩にそう頼まれたとき、澪の心臓は止まりかけた。


 


 前に立つのは、あいかわらず苦手だった。

 話すのも、得意じゃない。

 それでも──「うん」と頷いていた。


 


 理由は、たぶん、昨日の練習。

 亜季と一緒に音を出して、「ちゃんと自分の音を出したい」と思ったその気持ちが、

 今日の澪を少しだけ後押ししていた。


 


 「こんにちは……箏曲部です」

 「えっと、今日は来てくれて……ありがとうございます」


 


 ぎこちない声。視線も泳ぎがち。

 でも、誰も笑わなかった。


 


 澪の前に並んでいるのは、中学三年生の女の子三人組。

 ちょっと緊張している様子で、制服の裾を握っていた。


 


 「これは“こと”っていう楽器で、十三本の弦があります」

 「この“爪”っていうのを指につけて、音を出します……」


 


 話しながら、澪は不思議な気持ちになっていた。


 


 ——誰かに、箏のことを話してる。

 ——自分が、説明してる。


 


 「すごい、指に付けるんだ!」

 「音ってどんな感じなんですか?」


 


 澪は、一瞬迷ってから、箏の前に座った。


 「じゃあ……少しだけ、弾いてみます」


 


 ぽろん、ぽろろん。

 軽く音を鳴らす。

 部室の空気が、すっと静かになった。


 


 「……きれい」

 中学生の一人が、ぽつりとつぶやいた。


 


 そのひとことが、澪の胸にやわらかく響いた。


 


 (あ……)

 (伝わったんだ)


 


 それは演奏会の拍手とは違う、

 たったひとつの声だったけれど──


 


 “私の音が、誰かに届いた”と、初めてはっきり思えた。


 


 最後に、女の子たちが「ありがとうございました!」と元気に帰っていくのを見送ったあと、

 澪はそっと深呼吸した。


 


 「……すごいじゃん」

 茉莉先輩が肩をぽんと叩いた。


 


 「ちゃんと“伝えてた”よ」

 「不安そうだったけど、あれが逆に優しくてよかったと思う」


 


 「……ほんとに?」


 


 「うん。澪って、音だけじゃなくて、言葉でも少しずつ“伝えられる人”になってきたんだなーって思った」


 


 少し照れくさくて、でもどこか誇らしい気持ちがした。


 


 伝えるって、やっぱり怖い。

 うまくできるか分からないし、失敗するかもしれない。


 


 でも──

 それでも誰かの表情が変わる、その瞬間がうれしい。


 


 音とことば。

 どちらも、少しずつ“澪のもの”になってきている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ