1年目10月:第二十一話「伝えるって、怖い。でも、うれしい」
第二十一話「伝えるって、怖い。でも、うれしい」
「じゃあ、この子たちに箏の説明お願いしていい?」
茉莉先輩にそう頼まれたとき、澪の心臓は止まりかけた。
前に立つのは、あいかわらず苦手だった。
話すのも、得意じゃない。
それでも──「うん」と頷いていた。
理由は、たぶん、昨日の練習。
亜季と一緒に音を出して、「ちゃんと自分の音を出したい」と思ったその気持ちが、
今日の澪を少しだけ後押ししていた。
「こんにちは……箏曲部です」
「えっと、今日は来てくれて……ありがとうございます」
ぎこちない声。視線も泳ぎがち。
でも、誰も笑わなかった。
澪の前に並んでいるのは、中学三年生の女の子三人組。
ちょっと緊張している様子で、制服の裾を握っていた。
「これは“こと”っていう楽器で、十三本の弦があります」
「この“爪”っていうのを指につけて、音を出します……」
話しながら、澪は不思議な気持ちになっていた。
——誰かに、箏のことを話してる。
——自分が、説明してる。
「すごい、指に付けるんだ!」
「音ってどんな感じなんですか?」
澪は、一瞬迷ってから、箏の前に座った。
「じゃあ……少しだけ、弾いてみます」
ぽろん、ぽろろん。
軽く音を鳴らす。
部室の空気が、すっと静かになった。
「……きれい」
中学生の一人が、ぽつりとつぶやいた。
そのひとことが、澪の胸にやわらかく響いた。
(あ……)
(伝わったんだ)
それは演奏会の拍手とは違う、
たったひとつの声だったけれど──
“私の音が、誰かに届いた”と、初めてはっきり思えた。
最後に、女の子たちが「ありがとうございました!」と元気に帰っていくのを見送ったあと、
澪はそっと深呼吸した。
「……すごいじゃん」
茉莉先輩が肩をぽんと叩いた。
「ちゃんと“伝えてた”よ」
「不安そうだったけど、あれが逆に優しくてよかったと思う」
「……ほんとに?」
「うん。澪って、音だけじゃなくて、言葉でも少しずつ“伝えられる人”になってきたんだなーって思った」
少し照れくさくて、でもどこか誇らしい気持ちがした。
伝えるって、やっぱり怖い。
うまくできるか分からないし、失敗するかもしれない。
でも──
それでも誰かの表情が変わる、その瞬間がうれしい。
音とことば。
どちらも、少しずつ“澪のもの”になってきている気がした。




