1年目10月:第二十話「悔しさの分だけ、音になる」
次の日。放課後の音楽室。
澪はひとりで箏の前に座っていた。
昨日の録音チェックで聴いた、自分の音。
細くて、頼りなくて、今にも消えそうだった。
でも、それが「私の音だった」と、ようやく認めることができた。
だからこそ、悔しかった。
もっと届く音を出したい。
もっと、“伝わる音”にしたい。
澪は、小さく息を吸った。
——ぽろん。
爪が弦をはじく音が、静かな部屋に響く。
澪は少しずつ、ゆっくりと指を動かした。
(違う。今のは弱すぎる)
(力を入れすぎた。音がつぶれた)
何度も、繰り返す。
ひとつひとつ、確かめるように。
正解があるわけじゃない。
でも、「自分で納得できる音」を出したいと思った。
「……ひとりで練習?」
音楽室のドアが開いて、亜季が入ってきた。
「うん。……昨日、録音聴いて思ったの」
「わたし、やっぱりまだ全然できてない。だから、もう少しだけ練習したくて」
亜季は何も言わずに、黙って自分の箏を構えた。
「えっ……一緒にやってくれるの?」
「うん」
ぽつりと返ってきた言葉は、それだけだったけれど、澪の胸があたたかくなった。
二人で、同じフレーズを繰り返す。
ひとつひとつの音に、耳を澄ませる。
重なる音が、澪の中に少しずつしみこんでくる。
失敗しても、音がずれても、やり直せる。
悔しいと思った分だけ、音は変わっていく。
ふと、亜季が言った。
「澪の音、最初より強くなった」
「……そうかな」
「うん。でも、まだ“強がってる音”」
「えっ」
「それでも、いいと思う。最初はみんな、そうだから」
澪は、思わず笑ってしまった。
それは、悔しさのあとに初めて浮かんだ、素直な笑顔だった。
箏の音が、再び部屋に響く。
ふたりの音は、まだ未完成だけど、どこかあたたかかった。
——悔しさの分だけ、音になる。
澪は、そう信じたくなっていた。




