1年目10月:第十九話「あのときの音、録音のなかで」
10月最初の部活は、少し肌寒くなった音楽室で始まった。
文化祭の演奏会が終わってから一週間。
学校はすっかり「文化祭明けモード」で、みんな少しだけ気が抜けた表情だった。
でも、澪の心には、まだ**“あの一音の空白”**が、ぼんやり残っていた。
「今日は録音チェックね〜」
茉莉先輩がそう言って、スピーカーを準備し始める。
澪はどこか落ち着かない。
“あのときの自分の音”をもう一度聴くのは、ちょっと怖かった。
「ふふん、うまく録れてるかな~」
茉莉先輩は軽く構えていたけど、澪の心臓はすでにバクバクだった。
再生ボタンが押される。
畳の上、部員たちは円になって座り、スピーカーから流れる“あの日”の音に耳を傾けた。
イントロ、入りは悪くない。
音の重なり、リズム、呼吸。
──思っていたより、ずっとちゃんとしてる。
でも、自分のソロパートが近づくにつれて、澪は足先が冷たくなった。
そして、訪れた一瞬の空白。
その空白が、音の中に**“はっきりと残っていた”**。
ぎゅっと手が握られた。自分でも気づかないくらい。
……でも。
そこに重なる、亜季の音。
間を埋めるように。優しく、押し出すように。
そして、それに重ねるように、自分の音もまた流れていた。
「……思ってたより、ちゃんと戻ってる」
茉莉先輩がぽつりと言った。
「ね」
佐伯先輩が続ける。
「ミスっても、音ってちゃんとつながるんだよね。支え合えば、ちゃんと届く」
澪は、そっと耳を澄ませた。
最後の合奏。自分も、みんなも、確かに音を出していた。
「……私の音って、すごく細い」
澪はぽつりとつぶやいた。
「でも、消えてない」
亜季の声が、すぐ横から返ってきた。
「細くても、まっすぐだった。だから、重ねられたんだと思う」
澪は驚いて亜季を見た。
でも彼女は、あいかわらず真顔で、録音に耳を傾けていた。
文化祭は終わった。
けれど、自分の音の旅はまだ続いている。
澪は小さく息を吸って、思った。
──もっと、自分の音を聴けるようになりたい。
──そして、誰かの音も、ちゃんと受け取れるようになりたい。
録音の最後、拍手の音が流れる。
それが、澪の胸にそっと残った。




