1年目9月:第十八話「涙のあとに響いた音」
演奏を終えて舞台袖に戻ると、
澪の足は一歩ごとに重くなった。
演奏は、最後まで終わった。
拍手ももらえた。
けれど──どうしても、あの「止まった一瞬」が胸に引っかかっていた。
控室に戻ると、他の部員たちはそれぞれに話していた。
「うまくまとまったね」
「ラスト、ちょっと速くなった?」
「お客さんの反応、すごかったよ!」
その明るい声の中に、澪は入れなかった。
佐伯先輩が笑いながら「おつかれ」と声をかけてくれたけれど、
澪はただ、首を小さくふった。
「……わたし、途中で……止まっちゃって……」
ぽつりとこぼれた言葉に、場の空気が一瞬だけ静かになった。
それでも、誰も否定しなかった。
ただ、茉莉先輩がふうっと息をついて、言った。
「いいじゃん。止まったあと、ちゃんと戻れたんだから」
「音楽ってさ、“ミスしないこと”じゃないと思うよ」
「“戻れる強さ”があるかどうかだよ。私はそう思う」
その言葉が、澪の心にじんわり染みてきた。
でも、それでも──目の奥が熱くてたまらなかった。
「……くやしくて」
ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ちゃんと……届けたかったのに……」
「もっと、ちゃんと弾きたかったのに……」
そのとき。
何も言わずに近づいてきた亜季が、そっと澪の肩を叩いた。
ただ、それだけ。
でもそれは、まるで「よくやったね」と言ってくれているようだった。
他の部員たちも、騒がず、何も言わずにそばにいた。
その静けさが、あたたかかった。
やがて、控室の外に立つ母と妹の姿が見えた。
「……すごくよかったよ」
母のそのひとことが、澪の涙をもう一度こぼさせた。
「緊張してるの、見てて分かった。でも……」
「ちゃんと、届いたよ。あんたの音」
澪は泣き笑いのまま、何も言えなかった。
演奏は完璧じゃなかった。
でも、完璧じゃなくても、人の心に届くことがある。
──また、音を鳴らしたい。
──次は、もっと誰かに届けたい。
そんな願いが、澪の胸に芽吹き始めていた。




