「背けば腹を切るしかありませんから」
獣魔兵団は文字通り獣魔と呼ばれる魔族で構成される。
身体能力が優れているが、魔法を使うことはほとんどない。
そういった意味では私にとってやりやすい相手ではある。
また獣魔は魔物――言語を話さない魔力を持った獣や鳥のことだ――を使役する。
主に馬に似た魔物に乗って戦う。機動力に優れた部隊だ。中には騎竜――空飛ぶ竜だ――に乗る者もいる。しかし数は多くない。それは竜の手綱を操れる獣魔が少ないからだ。
「ま、俺たち以外に後から魔法部隊もくるから、その辺の対策はできているだろうよ」
「そうですね。私たちは落馬した獣魔を斬ればいいので単純な作業です」
王都を出発して三日後。
私は行軍中に四番隊隊長のビートさんと話していた。
互いに馬に乗って、ゆったりと歩かせながらの会話だ。
その後ろでルナさんが四番隊副官のポアラさんと話していた。会話は聞こえないが愚痴を言い合っているようだ。理由は分からないが、気苦労が絶えないみたいだ。
「どっちが多くの魔族を殺せるか勝負……と言いたいが、今回の戦いは厳しいものになりそうだな」
「いつもの勘ですか? それとも事前に何か聞いているんですか?」
「勘だ。俺は何も聞いていない」
「ビートさんの勘はよく当たりますからね……気を引き締めましょう」
私たちが向かうのはガルド砂丘だ。そこにあるガルド砦に入り、魔獣兵団を迎え撃つ。
砂丘、つまり地面が砂なので戦いにくいところはあるが、それは敵も同じことだ。
「砂が鎧に入ると気持ち悪いんだよなあ……ソージちゃんは関係ないか。騎士団で唯一、鎧を着ない団員だもんな」
「動きやすさ重視ですから」
鎖帷子の類も付けていない。
身体にぴったりとした平服を着ていた。
相手の攻撃が当たらなければどうということもない。
「しかし相手の動きに合わせた形になります。何か嫌な予感がしますね」
「あー、そういう考え方もあるか。俺の勘は違うけどな」
「えっと、罠があるということではないですか?」
ビートさんは「強い奴がいるって勘だ」とにやけながら言う。
私と同じくらい魔族と戦うことを生きがいにしているのだから嬉しいのだろう。
「俺とソージちゃんはいいさ。きっと生き残れるだろう。でもな、平団員たちは……難しいところでもある」
「意外と部下思いなんですね」
「ポアラの奴が遺族に挨拶しろってうるせえんだ」
しっかりしている副官を持てていいですねと言おうとして、私も似たようなものだなと思い返す。
私に反発しているルナさんだけど、締めるべきところは分かっている。
「さてと。もうすぐ砦が見えてくるな――見ろ。もう戦いが始まってねえか?」
目を凝らすと砦の方角から黒い煙が立ち昇っている。
私は「急行しましょう」とビートさんに提案した。
「ガルド砦が落ちたら拠点が無くなります。不味いことになりますね」
「ああ。ポアラ! 団員をまとめろ! 駆け足で行くぞ!」
◆◇◆◇
陥落寸前――そう言える状況だった。
次々と魔族たちが砦に乗り込もうとしている。一部の壁が壊れていて続々と入り込んでいた。
「間に合いませんね……いかがしますか?」
戦場が見渡せる丘の上。ざらざらしている砂が妙な感覚だ。
訊ねたのはポアラさんだった。だいたいビートさんと同じくらいの年齢の女性で、銀髪が短い、いつも死んだような目をしている人で、相当優秀だと聞かされていた。
「このまま落ちるのは仕方ねえが……敵を勢いづけるのも良くねえな」
「なら横合いから攻めましょう。奇襲になります」
私の提案に「この状況では焼け石に水だわ」とルナさんが苦言を呈する。
「こっちにも被害が出るわよ。相手はざっと見ても二千はいるけど、こっちは五百くらいなんだから」
「いや。相手は勝ったと思い込んでいやがる。油断はしているはずだ」
ビートさんは長剣を抜いた。
ポアラさんを始めとする四番隊の面々も同様に剣を構えた。
「四番隊、突撃!」
号令のまま、四番隊は躊躇なく戦場へ向かった。
ルナさんが止める間もない素早さだった。
「ビート隊長はともかく、ポアラ副官も行くなんて……」
「血気盛んですね。私たちも行きましょう」
「正気なの!? 何人死ぬか分からないのよ!?」
ルナさんは喚くけど「四番隊の援護は必要なことです」と剣を抜く。
皆が戸惑う中、私は馬の手綱を左手で握った。
「今行かねば士道不覚悟ですよ」
「意味が分からないわ……」
「背けば腹を切るしかありませんから」
私は馬を戦場に走らせた。
ルナさんの「もう! 馬鹿ばっかり!」という文句が聞こえたけど、全員ついてきてくれた。
四番隊の突撃のおかげで魔族たちは混乱しているようだった。
犬の魔族であるコボルドが落馬して前後不覚になっている――騎乗したまま首を刎ねた。数秒遅れて噴き出る血。ああ、これでも返り血はかからないのか。後でビートさんに教えよう。
馬同士の戦闘は京の都ではやらなかったので、戦いの中で覚えた。
馬の動きに合わせて相手を斬るのはなかなかに難しかったが、速さが乗っているので慣れてしまえば案外斬りやすかった。
四番隊に追いついたところで、改めて戦況を見る。
ビートさんが凄い勢いで魔族を斬っている。ポアラさんも他の団員も必死になって斬っていた。
そこへ大槍を持った豚の魔族、オークがビートさんを背後から突こうとする。
私は急いでオークの脳天に剣を振り下ろした。
脳髄が飛び散る――前向き倒れて、槍もまた砂の地面に転がる。
「おお、ソージちゃん。助かったぜ」
「ビートさん。後ろも注意してください――よっと!」
トカゲの魔族、リザードマンが襲い掛かってくるのを捌いて、逆に袈裟斬りをする。
緑色の血が飛ぶ――汚れてしまった。
「相変わらずすげえ斬撃だな」
「どうも……どうしますか?」
私たちを隊長と認識したのか、殺到してくる魔族。
オークやコボルド、リザードマンなど多種多様だ。
流石に全員相手するのは難しいだろう。
「ここで大暴れしてれば大将がやってくるんじゃねえか?」
「それも勘ですか?」
「いや、俺の勝手な考えだ」
「なら撤退しましょう。十分打撃を与えました」
ビートさんは「そうするか」と話しながらコボルドを難なく殺した。
そしてポアラさんに合図をした。
「全団員、敵を掃討しつつこの場から離脱!」
ポアラさんの号令で四番隊の団員たちは互いに援護しつつ動き始めた。
一番隊も私の命令で退却準備をした――
「待てい! 貴様ら、王国騎士団だな!」
戦場に響き渡る大声――大きなヒッポグリフと呼ばれる鷲頭の馬にまたがっている魔族が私たちに怒鳴ってきた。
牛の魔族、つまりミノタウロスだ。鎧兜を纏い、大きな戦斧を両手で構えている。
「せっかくの勝ち戦に水を差しおって! このスロースが討ち取ってくれるわ!」
「ほう。面白れぇ。ソージちゃん、俺が預からせてもらうぜ」
ビートさんは長剣を両手で握った。
鞍だけで馬を操れるからできる芸当だった。
一方、スロースはヒッポグリフを完璧に操れるようで両手で斧を扱うようだ。
つまり条件は同じだった。
「行くぞ――ぶっ殺す!」
ビートさんは一直線に向かう。
迷いもなく惑いもない。
「舐めるなああああ!」
斧を水平に構えているスロースはビートさんに真っすぐ横薙ぎした。身体の中心を狙った、馬ごと斬る斬撃だった――
「――遅せえ」
ビートさんは馬を反転させて逃がして――自分は馬から飛んだ。
そして大きな戦斧の上に飛び乗る――鎧を着ているのに身軽だ――スロースは重さで戦斧を下向きにしてしまった。
その隙を逃すビートさんではない。戦斧を伝うようにスロースに迫り――長剣で喉元を突いた。頭は兜で守られているのでそれが最適解だろう。
「こ、ぽ、あ……」
「なんだつまらねえ」
スロースの巨体を蹴った勢いで剣を引き抜く。
血飛沫がビートさんに降りかかった――どたん、と落馬する死体。
「あー、ソージちゃん。上手くいかねえなあ」
にやにや笑いながら血染めの鎧でビートさんは笑った。
「返り血がかからねえようにするには、もっと斬らねえと駄目だな」
私も笑ってビートさんに言う。
「斬るって言うより突いているじゃないですか」
「ありゃ? ……そりゃそうか」




