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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「一人っきりで生きろと言うんですか?」

「ソージちゃん! 久しぶりだな! 元気にしてたか!?」


 王都ヘクトの騎士団本部に戻った私を出迎えてくれたのは四番隊隊長のビートさんだ。相変わらず魔族の血で染まった軽装の鎧を着ている。モジャモジャ頭が印象的で腰には長い剣を差していた。年は確か二十八で私と十年来の友人だった。


「ビートさんお久しぶりです。なんとかモシャン城を守ることができました」

「危険なことしてねえだろうな?」

「してたらどう思いますか?」

「そりゃあ羨ましいに決まってんだろ! たくさん魔族を殺せたってことだからな!」


 本部の廊下で騒いでいると、他の団員たちが奇妙な目で見てくる。しかし私とビートさんだと分かると目を逸らして立ち去っていく。嫌われているわけではないが、関わりたくないのだろう。


「他の隊長はどこにいますか?」

「俺以外出払っているぜ。ていうか俺も今、帰ってきて団長に報告したところなんだけどな」

「皆さんお忙しいんですね」

「戦争中だからな」


 私は気になったので「鎧、手入れはしないんですか?」と訊ねる。


「したいんだけどよ。時間がねえんだ。団長から次の任務もらっちまったからさ」

「そうなんですね。どんな任務ですか?」

「獣魔兵団の制圧だな。ソージちゃんも同じだぜ」

「へえ。久しぶりに共闘できますね」

「どっちが多く殺すか勝負だな」


 和やかに会話していて、私はいつか思いついたことを言う。


「そういえば返り血がかからない方法考えたんですよ」

「おっ! それいいな。どんな方法だ?」


 興味津々という感じだったので私は得意げに「複数人相手が条件なんですけど」と話す。


「斬ったら別の敵の後ろに隠れるんですよ。そうすれば血が敵にかかります」

「なるほどなあ……最後の一人を斬るときはどうしたらいいんだ?」

「背中まで突いて、倒れたらゆっくりと引き抜けばかかりませんよ」


 ビートさんは嬉しそうに「本当にお前は頭いいなあ」と感心してくれた。

 半ば冗談で言ったけど喜んでくれて良かった。

 実際にできるのかは知らない。京では障子やふすまを利用してできたけど、難しいとは思う。だって敵は動くから。


「あ。すみません。そろそろ団長のところに行かないと……この後話せますか?」

「いや、団員の遺族と話さないといけねえんだ。また今度な」

「また死んだんですか……残念ですね」

「まあな。戦争だから仕方ねえよ。それに今度は同じ戦場だ。話す機会はたくさんあるぜ」


 それから少し話して別れた。

 ビートさんと話せて良かったなあ。

 なんでジークさんは嫌っているだろうか? 魔族殺しの話ができるいい人なのに。


 団長のいる部屋まで来て、扉を三回叩く。

 中から「入ってもいいわよ」という声がした。

 私は開けて「失礼します」と中に入る。


 団長の執務室は色とりどりの花が飾っている。それ以外に装飾品はなかった。大きな机で何やら書き物をしていた団長は私を見て「あら、ソージくん。お帰りなさい」と優しく微笑む。


「ただいま戻りました、ローズマリー団長」


 団長は御歳六十三でおばあちゃんに見える。総白髪を短くしていて柔和な顔だった。いつも笑顔で団員たちに母のように慕われている。


「また花が増えましたね」

「ふふ。この子たちは私を癒やしてくれるの。色や匂い、みずみずしさがとても素敵なのよ」


 穏やかな人柄は美点だなあ。私は「心洗われますね」と団長に同意した。散々血を見てきた私だけれども、花の美しさは尊いと思える。その程度の感性はまだ失っていなかった。


「ご報告です。モシャン城の防衛、完了いたしました。ジーク中将の兵もいますので今しばらくはもつでしょう」

「良い報告ね。各地であまり芳しくない戦果が上がる中、あなたに任せて良かったと思えるわ」

「過分なお言葉恐れ入ります」

「それであなたはこの戦争をどう見ているのかしら?」


 ふわっとした質問だった。だけど私はなるべく率直に答えた。


「戦況は厳しいと言えるでしょう。魔王軍も消耗しておりますが、騎士団及び王国軍は疲弊しております。なにせ十年以上も戦っていますから」


 多くの血が流れている中、一向に戦争終結の道筋が経っていない。和平交渉も上手くいっていないとジークさんが言っていた。はっきり言えば魔王軍との和平なんてかなり嫌だが、一時的にでも休戦しなければ勝てないだろう。そのくらい追い詰められている――


「ごめんね。私も国王様に意見したのだけれど……」

「団長は悪くないですよ。謝らないでください」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……不甲斐ないわ。私の権限や権力はそこまで大きくはない。それが悔やまれるのよ」


 団長はお優しいお方だ。長年騎士団を導いてきた実績もあるが、なにより団員のことを考えてくれる。心労も大きいはずなのに……頭が下がる思いだ。


「ご安心ください。私が魔王を殺してみせますよ。そうすれば世界は平和になります」

「頼もしいけど無理はしないでね……本当はソージくんのような子供を戦場に行かせたくないの」

「団長のお気持ち、いたく分かっております」


 それでも私には私の目的がある。

 魔王を殺すことと行方不明になったお兄様を探し出すことだ。

 家族のために成さなければならない。


「うん。それを踏まえて――あなたに新たな任務を与えるわ」

「……私は何でもやりますよ」


 団長は真剣な表情になって――今までの暖かなやりとりが霞んでしまうほどだった――私に命じた。


「四番隊と協力して獣魔兵団を制圧しなさい。決して油断しないように」

「はっ。身命を賭して努力いたします」



◆◇◆◇



「おかえりなさい、ソージ。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」


 パスカル王立病院、五号棟。

 マーガレット義姉さんのいる病室に来た私は「お見舞いですよ」と果物が入ったバスケットをベッドの脇の机に置いた。


「今回もなんとか生き残れました。相変わらず私はしぶといようです」

「ふふふ。良いことなのに変な言い回しね。そんなに死にたいの?」

「魔王を殺すまでは死ねません。それにお兄様のことも探さなければいけませんし」

「早くピーターを見つけないと私死んじゃうから。なるべく急いでね」


 不謹慎な言い方だけど、事実だから仕方ない。

 義姉さんは不治の病に罹っている。もう長くはないだろうと医者からは宣告されていた。

 私は明るい声で「義姉さんもしぶといですから」と言う。


「案外、私が戦死するほうが先かもしれません」

「それは嫌ね。というより駄目。私より長く生きて」

「一人っきりで生きろと言うんですか?」

「恋人でも奥さんでもいいから、誰かそばに居させなさい。前々から言っているでしょう?」


 剣が鈍るから女性は近づけたくない。

 私は「考えてみますよ」と笑って応じた。


「いい縁談があれば受けます」

「パスカル王国の騎士団で一番隊隊長ならいくらでも良縁あるんだから。遠慮しないでよね」

「ま、今度の任務は長引くので、しばらくは独り身ですね」


 義姉さんは「今度の任務はなんなの?」と不安そうな顔で訊ねる。

 私は何気なくりんごと包丁を手に取って皮をむく。


「獣魔兵団の制圧です。あの兵団は魔王軍内で一番魔族の数が多く、魔物を使役する者もいます。かなりてこずるでしょう」

「……大丈夫なの?」

「そのために鍛えていますから」


 答えになっていないことを言って誤魔化すと、義姉さんが恐い顔で睨んでくる。

 沖田総司として生きていたときも実姉のみつのことを思い出す。

 あの人も私が危ない真似をすると恐い顔になった。姉というものは根が同じなのだろうか。


「ごめんなさい。大丈夫ではありません。きつい戦いになります」

「ねえソージ。復讐を諦めることはできないの?」

「義姉さんには悪いと思っています。お兄様を優先せずに戦うのは不義理なのでしょう。でも、私たちがこうなったのは、魔王のせいですから」


 義姉さんは悲しそうに「確かにそうだけど」と頷いた。


「別の道もあったわ……もっと強く止めていればよかった」

「義姉さんのために言いますけど、強く止めていても私は戦っていました」

「あなたは優しい子だから、私の言うことを聞いてくれたはずよ」

「……仮定の話はやめましょう」


 むき終えたりんごを食べやすい大きさに切って、私は義姉さんに差し出した。

 義姉さんはゆっくりと食べると、ぽろぽろと泣き始めた。


「美味しいけど、寂しいわ……」


 病に冒されてやせ細った義姉さん。

 まるで翼をもがれた鳥のようだった。

 私は何を言えばいいのか分からない。

 だって殺すことしかできないから。

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