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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「次は負けないから!」

 モシャン城の攻防戦は痛み分けに終わった。

 援軍が来るまでの間、死霊兵団からの攻撃はなかった。やはり団長のキリリクがひどく弱っていたことが原因だろう。おそらく指揮ができないほどの怪我を負ったと推測できる。


 援軍が来た時点で睨み合いになった。援軍五千が入城したことで勝機はないと考えたのだろう。しかし私たちは出陣できなかった。防衛していた兵士の救護や破壊された城壁の補修などやるべきことが山程あった。加えて一番のやるべきことは城の防衛だ。手柄を欲して無謀な行動など許されない――援軍の将はそう考えた。


「流石に王国軍の名将ですね――ジーク・バトラルド中将」

「貴様に褒められるとこそばゆく感じるな、ソージくん」


 ジークさんは三十手前の男性で、艶やかな黒髪と頬を走る刀傷が特徴的だ。

 頭が切れるだけではなく、剣の腕もなかなかある。騎士団でも副官程度にはなれるだろう。そんな彼と城の一室で椅子に座って話している。


「死霊兵団はあまり強い軍団ではないが、そばにフェイタルがいるのなら話は別だ」

「あの魔道士……警戒に値するほどですか?」

「魔王の右腕の代わり、とまで言われるほどの魔族だ。知らなかったのか?」

「いえ、まったく。王国軍と騎士団の仲は良いとは言えませんから、情報の共有がなされていないのでしょう」

「特に貴様は嫌われているからな。無理もあるまい」


 まあ若輩者の私が騎士団の一番隊隊長を任せられているのが気に入らないのだろう――しかし単純な嫉妬なら話は早いけど、複雑な要素がありすぎて一概に言えない。

 できることなら解消したいけど……


「話を変えるぞ。俺はここに二千の兵を置いて王都に戻る。貴様も着いてくるか?」

「団長の『モシャン城の陥落を阻止せよ』という命令は達成できそうなので、是非ともついて行きたいですね」

「一番隊の面々も一緒、だな。ならばよし」

「ジークさん、相変わらずですね。そんなにルナさんのことが心配なんですか?」


 思わず呆れた声を出すと「当たり前だろう」とジークさんは腕組みをして言った。


「腹違いとはいえ、可愛い妹には変わりない。もし死なせたら貴様を八つ裂きにする」

「怖いですね……というより、彼女どうにかなりませんか? いつも私に怒るんです」

「それは貴様が悪いからだ。反省しろ」


 妹がそんなに大事なのかなとうっすら馬鹿にしていると、コンコンコンと部屋の扉が叩かれる音がした。ジークさんが「どうした?」と短く応じる。


「パスカル王国騎士団、一番隊副官、ルナ・バトラルドです。入ってもよろしいでしょうか?」

「おお、ルナか。入っていいぞ」


 失礼します、とルナさんは言って中に入る――私が部屋にいるのを見て嫌な顔になった。


「やあルナさん。兄君に会いに来たんですか?」

「……兄上。あなたが良からぬ相手と関わるのは、私は好ましく思えないです」


 遠回しに私を非難するルナさんに対して「まあそう言うな」と和やかにジークさんは諭す。


「こいつは騎士団の中では話せる部類だ。他の奴らは頭が固くてしょうがない。特に四番隊の隊長なんてろくでもないぞ」

「失礼ですね。みんないい人ですよ」

「ソージくん。貴様は心が広いのか、それとも他人に無関心なのか知らんが、もう少し仲間を選んだほうがいいんじゃないか? いい人なんて道を歩いている他人でもそう思えるぞ」


 私は「選ぶ立場じゃないですから」と肩をすくめた。


「全部、騎士団長が決めていますので人事の相談はそちらにお願いします」

「……あの団長殿は度量が広い。だから従えられるのだろうな。それは貴様もだぞ、ソージくん」


 個性豊かな隊長たちと一緒にされるのは案外悪くない気分だった。

 隊長たち全員、私は好きなのだ。


「そんなことより、ルナさん何か報告があったのではないですか?」


 ルナさんに話を振ると「言われなくてもするわよ」とジト目で睨まれた。

 初対面から嫌われているなあとぼんやりと思った。


「死霊兵団が退却を始めました。モシャン城の攻略は諦めたようです」

「そうか。ではしばらく様子を見よう。偽装行動かもしれないしな」


 慎重すぎる決断かもしれないが、魔王軍との戦いはそれくらい神経質にならなければいけない。

 それが分かっているので私もルナさんも異議を言わなかった。


「さてと。俺はバルカンと話してくる。貴様はどうする?」

「少し疲れたので休みます。詳しい話はまた後で聞かせてください」


 ジークさんは頷くと足早に部屋から立ち去った。

 私も自室に戻って休むかと立ち上がると「待って」とルナさんに呼び止められた。


「なんでしょうか?」

「久しぶりに――勝負してよ」



◆◇◆◇



 初めて出会ったとき、私とルナさんは立ち会った。

 結果は私の勝ちだったけど、ルナさんは納得しなかった。

 騎士団で修行しているときも絡んできたので、私はいつ何時でも勝負を受けるからうるさく言わないでほしいと約束した。それは隊長と副官という立場になっても有効だった。


「できればぐっすりと寝て休みたいんですけどね」


 そう言いつつ、私はお兄様からいただいた剣を抜いた。

 ルナさんは「だからこそ、私が勝つチャンスなのよ」と二本の剣を構えた。白を基調にデザインされたそれは、両方とも普通の剣より短いが短刀というほどではない。振りやすく握りやすい大きさと言える。


「それで勝って嬉しいんですか?」

「ええ。とっても嬉しいわ――準備はいいかしら?」


 私たちは城内の訓練場で向かい合っていた。

 周りにはどこからか勝負のことを聞きつけた兵士たちが見ている。

 中には怪我を押して見物に来た者もいた。


「ええ。ルナさんのほうは準備いいですか?」

「もちろん、いつでも――」

「あ。負けて泣くときのハンカチの準備――」


 最後まで言えなかったのはルナさんが素早く襲い掛かってきたからだ。

 二本の剣で私の両肩を狙った斬撃――剣で受けると普段より重かった。

 やれやれ、挑発は成功だった。ルナさんの額に青筋が浮かんでいたから。


「ギャラリーがいる中で! 人聞きの悪いこと言わないでよ!」


 怒りながらも技の冴えは劣っていない。

 まるで踊るように私に斬りかかる。

 手が二本とは思えない、あるいは剣が二本とは思えないほど――剣筋が速かった。


「――くっ! ……また腕を上げましたね」

「今回の戦いでいろんなことを学んだわ――見せてあげる!」


 己の身体で弧を描くように、遠心力を用いながら、手数で勝負するルナさん。

 私はそれを最小の動きと最適な技で躱して受けて跳ね返す。

 訓練場に金属音が響き渡る――


「――はっ!」


 ルナさんが唐突に私の腹を蹴った。

 思いのほかダメージを食らう――胃液が込みあげるのを何とか我慢する。


「これで――とどめよ!」


 ルナさんが得意げに二本の剣で私の首筋を狙った。

 避けようのない攻撃だと周りの兵士たちは思っただろう。


「天然理心流――月波剣」


 寄せる波が月の影を静かに押し戻すところから名づけられた技だ。

 ルナさんの真横からの斬撃を剣で上に押して軌跡をずらす。

 体勢を崩したルナさんの後ろに回って、剣の腹を頭に軽く当てた。


「勝負あり、ですね」

「……うそ」


 呆然とするルナさんに「ずいぶんと経験を重ねてきましたね」と私は言う。


「しかし同じ個所を二本の剣で狙うのは効果的ではありません。頭と胸、もしくは腹を狙うのがよろしいかと」

「…………」


 ルナさんは静かに剣を納めて、私に向き直った。

 涙目になっていた……


「次は負けないから!」


 怒鳴ってそのまま訓練場を出ていく。

 私はやれやれとため息をつきながら、勝負を熱狂して見ていた兵士たちの歓声に手を挙げて応じた。

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