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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「近藤先生に笑われてしまうな――天然理心流を信じないなんて!」

 キリリクは不死身ではないと否定したけれど、心臓を貫いても生きていて、首を刎ねても生きている。いくらアンデッドと言えどもそんなでたらめな存在ではない。


 おそらくだが、魔族の『固有特性』のせいだ。一部の強大な魔族が備えている特殊な能力で、キリリクの場合は致命傷を負っても死なないということだろう。推測だけど間違ってはいないはずだ。


「どうした? まさか諦めるとでも言うのか?」

「それこそまさかです。私が諦めるなんてありえませんよ」


 冷静を装うしかない。今の私に残されているのはキリリクの首を獲ったという事実だ。強者の余裕だけが、この場を拮抗状態にしている。現にキリリクは様子を窺って攻めてこない。


「不死身ではないと言いましたね? だったら死ぬまで殺すだけです」

「随分と楽観的な考えだな。わしを死ぬまで殺す前に、一度でも死なぬと思っているのか? ――この痴れ者が!」


 大剣を脇に構えて、キリリクは私に突進してきた。あんな巨体なのに速い――骸骨だから肉が無くて軽いのだろう――私は躱しつつどう戦うべきか考えていた。


 もう一度首を刎ねてみるのはどうだろうか?

 あの紫の煙を斬れれば復活できないかも。

 こんなことなら魔法の一つや二つ、習っておけば良かった。


『天然理心流は京にて最強だ』


 数多の思考の中、ふと近藤先生の言葉が浮かんだ。

 有象無象の剣の流派がある中で、大言壮語を吐くのは物凄い覚悟がいるはずだ。だけど敢えて口に出すことで新選組だけじゃなくて、不逞浪士たちに示していたのだろう――矜持と信念を。


「近藤先生に笑われてしまうな――天然理心流を信じないなんて!」


 迫りくるキリリクの大剣を私は弾き飛ばした。重さは相当あるけれど慣れてしまえば簡単だ。その隙を突いて私は技を繰り出した。


「天然理心流――月影剣!」


 雲の多い夜にふと出た月のように、相手の虚を突く斬撃だ。私の手首の柔軟さを用いて、キリリクの左腕を素早く斬り落とした。


「ぬううう!」


 キリリクの唸り声が辺りに響く。

 後ろで見ていたフェイタルが「キリリク殿!」と鋭く叫んだ。


 私は油断なく後ろへ下がった。

 追撃しても良かったが……下手に攻め込むと思わぬ反撃を受けるかもしれなかった。窮鼠猫を噛むとも言うから。


 しかしよく見ると――キリリクの左腕は元に戻らなかった。斬り落としたままだ。血は噴き出ていないがかなり苦しそうだった。


「なるほど。単純な再生能力でも治癒能力でもなさそうですね。致命傷だけ治る……そういう能力ですか」


 どうやら推測は当たっているようで所作に僅かな動揺が見られた。


「あはは。図星のようですね」

「笑っていられるのも今のうちだ……!」


 キリリクは大剣を逆手に持ち、大きな身体を縮こまらせた。その際、剣を背中に付けていた。体勢と相まって亀のように見える。


「……異様な構えですね」


 ふざけていると一見して思うだろう。

 だけど私には巨大な山――富士の山に感じられた。笑っていられない状況になりつつある。


「行くぞ――亀甲斬!」


 キリリクが技の名前を叫ぶと――高速に回転し始めた。まるでコマみたいでジャリリリリという音とともに火花が散っている。骨を組み替えて横回転ができるようになったのだ。まさしく骸骨そのもののアンデッドだからできる駆動だ。


 油断はしていなかった。むしろ、いつもより神経を尖らせていた。それなのに――気がついたら眼前に迫っていた。


「くっ――」


 もしも剣で受けていたら断ち切られてしまっただろう。咄嗟に後ろに下がっていたら真っ二つだった。私は――その場から飛んだ。大縄跳びのように、キリリクを飛び越える。


 かすったのがキリリクの大剣ではなく身体の一部だったことは幸運だった。

 けれども勢いが凄まじく――跳ね飛ばされてしまった。

 地面に何度もバウンドして、ようやく止まった。


「ほう。わしの必殺の剣技を最小のダメージで逃れるとは。手練れだとは思っていたが、ここまでやるとは思わなかったぞ」


 感心と称賛を素直に感じるけど、私には不満足な評価だった。

 理想は最小のダメージではなく、無傷で切り抜けたかった。

 くるくると回転を弱めて立ち上がるキリリクが「しかし勝負は見えた」とカタカタ音を立てた。笑っているのだろう。


「亀甲剣を破る術はない。魔法でも使えれば話は別だがな」

「……魔法ですか。今度習っておきますよ」


 ゆっくりと立ち上がって再び平晴眼に構え直す。

 まだ決着はついていない。


「立ち上がるとは……痴れ者め、力の差が分からないのか?」

「力とは腕力のことですか? それとも記憶力のことですか?」


 私は構えたまま不敵に笑う。


「片手だからこそ、私にとどめを刺せなかった。両手ならば勝っていたかもしれません。おや? 腕を斬り落とされたことを忘れたんですか?」

「くだらん挑発に乗ってやろう。たとえ片腕でも亀甲剣に弱点はない!」


 再び亀甲剣を繰り出す構えになる――前に私は突撃した。

 天然理心流だけではない、剣術において相手の間合いを詰める技術は基礎と言っていい。

 相手の技を見切るように詰める。

 相手の技を避けるように詰める。

 相手の技を制するように詰める。

 そして――斬るために詰める。


「動き出す直前、必ず弛緩しなければいけません。身体を緩めることで爆発的な速さを生み出すことができます――」


 キリリクのほどの実力者ならば弛緩する時間はごく僅かだ。

 刹那よりも短い時間だ。弱点と言うほどではない。

 けれども、それは致命的な時間差になるだろう。

 私の剣がキリリクの右腕を斬り落とすには十分すぎる時間だった。


 木の棒を斬ったような音が響く。

 その後、大剣が地面に落ちる音もした。


「ば、馬鹿な……!」

「記憶力が悪いようなので、思い出させてあげましたよ」


 私は平晴眼から突きを繰り出した。

 一呼吸のうちに――三回の突き。

 間隙のない連続の三段突きは、キリリクの首だけではなく、頭部までも破壊した。


「うごごご、この――」


 キリリクが断末魔を上げる前に頭を粉々に砕く。

 紫の煙が立ち昇る――徐々に再生していく頭。


「不死身ではない、と言いましたね。だったら死ぬまで殺すだけです」


 回復し切ったところでもう一度殺そうとして――殺気を感じた。

 灼熱の炎が球となり私を襲う――キリリクを殺すのをやめて退避する。


「キリリク殿を失うわけにはいかないのでね。私も参戦しよう。なに、卑怯などと言うなよ」


 フェイタルという魔族が魔法で攻撃してきた――周りのアンデッドたちも己の団長を救おうとする。

 一騎打ちのつもりで戦っていたからこの展開は不味いな……


「やれやれ。武人の戦いに水を差すとは野暮ですね」

「野暮で結構。私は同志を失いたくない」


 フェイタルの手のひらに炎球が生まれる。

 魔道士の恰好をしているから、魔法を用いるとは思っていたけど、かなりの使い手であることは間違いない。

 一時退却を念頭に戦うしか……


「敵襲! 騎士団が来た!」


 そこへ見張りのアンデッドがこの場にいる全員に聞こえるように叫ぶ。

 慌てふためくアンデッドたちに「落ち着け!」とフェイタルが怒鳴る。


「敵の数が少ないことは確認済みだ! おそらく百はいない――」


 混乱を収拾している隙に――私は逃げ出した。

 見張りのアンデッドが見ていた方向は分かっていた。そこに騎士団はいる。


「なあ!? ま、待て、逃げるのか!?」

「いいんですか? キリリクは死にかけですよ!」


 相手の注意を逸らして必死に逃げる私。

 みっともないと思われてもいい。

 魔王を倒す目的のためなら生きてやる。


「この――卑怯者が!」


 フェイタルの悔しそうな絶叫を後ろで聞いて。

 私はなんとかごく少数の騎士団と合流することができた。


「隊長! 無茶し過ぎよ!」

「あははは。すみませんでした、ルナさん」


 やっぱり追って来ちゃったかと私はルナさんに怒られながら思う。

 これ以上、私が出世するのを避けたいんだろうなあ。


「私に心配かけさせないでよ! ホント、なんでこんなのが私の隊長なのかしら!」


 ルナさんが用意してくれた馬に乗ってモシャン城に帰還する。

 私は気になったので訊いてみた。


「あれ? 心配してくれたんですか?」


 私のとぼけた言葉をルナさんはきょとんとした顔で聞いた。

 それから頬を紅潮させて――


「馬鹿! 心配なんてしてないんだから!」


 よく分からないけどますます怒らせてしまったようだ。

 うーん、女性の機微は分からないな。今度義姉さんに聞いてみよう。

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