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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「天然理心流――虎口剣」

 まるで御陵衛士のときの斉藤さんみたいだ。当時、詳しく話を聞けば良かったけど、斉藤さんは手柄話が苦手だったからなあ。参考にできたのにと考えながら、私は死霊兵団の潜入に成功した。


 そんなに難しいことではない。昼間はアンデッドの思考能力が著しく下がる。戦うことはできるけど緩慢な動きにもなる。私たちは専守防衛を基本としているので昼間は攻撃しなかった――それに休む必要もあった――戦いを挑むなら日が照っている時間帯が最善だ。


 ルナさんは最後まで反対していた。私がこれ以上、手柄を立てるのを嫌がっているのかもしれない。うーん、魔王軍と戦う上で一番隊隊長の地位は十分過ぎるから出世したくないんだよなあ。ま、後で話し合おう。


 死霊兵団が陣を敷いているのは荒野だった。周りに遮蔽物がない。攻め込んでもすぐに発見するだろう。無理攻めしなくて良かったと本当に思う。しかし大将のキリリクを討った後で逃げるとなれば……相当厳しいと言える。


 陣営内の日陰で休んでいるアンデッドたちを通り過ぎながら、私はキリリクの居場所を探る。大きくて立派な陣のところにいると単純に思っていた。それにしてもアンデッドの鎧は動きづらい。戦うときは脱いでしまいたい。


「おい。そこのお前。こんなところで何をしている?」


 あの陣かなと見ていたら、後ろから声をかけられた。振り向くとアンデッドではない魔族がそこにいた。


 魔道士そのものだろう。ゆったりとした黒と紫のローブを纏っている。肌は浅黒くてフードを目深に被っていた。声は案外高めだが女ではない。体格は男そのものだった。


「いえ。ただ歩いているだけです」

「日が差す昼間にか? ……その剣はなんだ? 魔王軍の剣ではないな」


 鋭い目利きだ……相当頭が良い。

 私を怪しんでいるのが感じられる。


「この剣は拾ったんですよ。切れ味がいいので使っています」

「……剣を貸してみろ」


 もし剣を貸したら私は丸腰になる。

 しかし貸さなければ疑いは増すだろう。

 どうしたものか……


「どうしたフェイタル殿。その者が何か無礼を働いたのか?」


 悩んでいたところに現れたのは――強そうなアンデッドだった。骸骨そのものに王冠とマントを付けていて、真っ赤な鎧を装着している。身長はかなり高い。私の頭三個分はあるだろう。


「ああ、キリリク殿。実はこの者が――」


 キリリクという名を聞いた瞬間、私は抜刀した。誰よりも反応が速かったのは、目の前のアンデッドがおそらくキリリクだろうとあたりをつけていたからだ。実を言えば私はキリリクの容姿を知らなかった。だけど問答無用で斬りつける。千載一遇の好機だった――


「――ぬん!」


 キリリクもまた反応が速かった。

 首すじを狙った斬撃を大剣で防いだのだ。

 そのまま鍔迫り合いに持ち込む。


「キリリク殿! その者は――」

「どうやら刺客のようだ……せいっ!」


 膂力をもって私を弾き飛ばすキリリク。

 後ろに下がる――地面に足跡が線のように残った。


「者共! こやつは刺客だ、討ち取ってしまえ!」


 キリリクの号令にアンデッドたちがこちらに近づいてくる。二十、いや五十くらいだ。

 私はありがたいと思えた。そのまま、アンデッドたちのところへ突っ込む。


「しまった! キリリク殿、不味いですよ!」


 フェイタルという魔族がいち早く気づいたけどもう遅い。

 私は溶け込むようにアンデッドたちの中に紛れた。


「何をしているか!」


 キリリクの怒号が陣の中で響く。

 アンデッドたちの動きは緩慢で思考能力も低下している。それに今の私はアンデッドの鎧を着ていて、彼らには判別できない。


「ええい、わし自ら斬ってくれるわ!」


 アンデッドたちを押しのけて私を探そうとしている――好都合だ。

 新選組では屋内の戦いが多かった。刀を満足に振れない空間での戦闘はお手の物だ。

 だから――キリリクの背後から刺した。


「ぬうう!? この痴れ者が!」


 確実に心臓を刺したが――引き抜く前に抜き身の剣を掴まれた。

 即死しないところを見ると、やはり首を刎ねなければ駄目なんだろう。

 キリリクと目が合う。不味いと思って柄から手を放した。


「死霊兵団の団長を舐めるな!」


 大剣を大きく振るう。

 その斬撃は多くのアンデッドたちを巻き込んで――その場を一掃した。

 私は後ろに避けることはできないと思い、その場にしゃがむことで躱す。

 ぎりぎりだったので髪の毛が二、三本斬れるのが見えた。


「そこにいたか――痴れ者が!」


 叩きつけるように大剣を下に振り下ろすキリリクに対し、斜め右側に踏み込むことで回避して――胸に刺さった剣を取り戻す。深追いはしないように、キリリクの後ろに回り込んで体勢を整えた。


「ほう。やるではないか……名乗れ」

「パスカル王国の騎士団、一番隊隊長のソージ・バーナードです」


 正眼に構えつつ、私は慎重にキリリクから見て左側に足を運ぶ。

 位置的にフェイタルという魔族が見えるようにしたかった。


「キリリク殿! 私も加勢します!」

「いや。フェイタル殿はそのまま……他の者も手を出すな」


 キリリクが一対一を望むのは二つ理由がある。

 一つは先ほどのようにアンデッドたちに紛れさせないためだ。乱戦では私に利があると分かっているのだろう。

 そしてもう一つは――自分の強さに自信があるからだ。


「死霊兵団の団長が直々に戦ってくれる……こんな鎧は着ていられませんね」


 あらかじめすぐに脱げるようにしていた鎧を外して剣を構え直す。


「鎧を脱ぐとは……死にに行くようなものだぞ?」

「こんな重くて邪魔っけなものは要りませんよ」

「まさか、わしの攻撃を受けないつもりか? 痴れ者もここまで極まると笑えてくるな」

「当たらなければどうと言うほどではありません」


 私は左肩を引き、右足を前に出し、半身になって、剣の刃を右の内側にする――平晴眼の構えだ。

 天然理心流の基本の構えで、私も得意としている。この構えをしたのは騎士団の団長と戦ったとき以来だ。


「……いい構えだ」


 キリリクは大剣を大きく上段に構えた。

 まるで獣のようだ――来る!


「でゃあああああああああ!」


 地が鳴るほどの咆哮でキリリクは私に斬りかかった。


「天然理心流――虎口剣」


 私は下から突くように――全身の力を使って技を繰り出した。

 その刺突は避けようもなく、その刺突は喉元を裂く。

 虎が覆いかぶさるように攻撃してくる敵を倒すために、天然理心流宗家が考案した技だ。


「ぐ、があ、ああ」


 私の剣はキリリクの大剣よりも速く、喉元に突き刺さった。

 顔は骸骨だから表情は分からない。

 だが動作で驚愕しているのは分かる。


「申し訳ありませんが、獲らせていただきます――その首を!」


 手首を捻るようにして、キリリクの首を切り離した。

 ごつん、という音が鳴る。キリリクの頭が落ちたからだ。


「馬鹿な……! あのキリリク殿が!?」


 フェイタルが私を化け物のように見る。

 周りのアンデッドたちは呆然としていた。


「これで死霊兵団の頭は獲りましたね。案外――」


 あっさりと終わりましたと言いかけたとき。

 キリリクの首と頭から紫の煙が出てきた。

 それらの煙が立ち昇り、操られるように一本の線に結びつけられた。

 な、なんだこれは!?


「痴れ者が。この程度でわしを殺したと思っているのか」


 キリリクの首が胴体へと近づいて――くっついてしまった。

 まさか、首を刎ねても生きているなんて!


「不死身、なんですか?」

「そうだと言いたいところだがな。生憎違う」


 キリリクは再び大剣を構え直した。

 そして私に向かって「強者と認めよう」と告げた。


「まだまだこれからだ……楽しませてくれ」

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