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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「卑怯な振る舞いはしない、ということですよ」

 全てを失ってから十年が経った。

 私は今、魔王軍との戦争に参戦している――


「隊長! 危険過ぎます! ここは退きましょう!」

「そうです! 無茶ですよ!」


 月が美しい、怪しげな夜。

 パスカル王国騎士団の団員が口を揃えて私を制止する。

 私は愛用の剣を抜いて「なら皆さんはここで待っていてください」と立ち上がった。

 魔王軍が包囲している城の中にいる私たちは、目の前で孤立している団員を見ていた。今助けなければ見捨ててしまうことになる。それだけはできなかった。


「士道不覚悟になりますからね」

「な、なんですか、それは!?」

「卑怯な振る舞いはしない、ということですよ」


 そう言い残して、団員たちが止める間もなく、私は城から出た。

 外には魔王軍死霊兵団の者たちが横行していた。騎士団だけではなく城の兵たちまで襲っている。鎧を着た骸骨が剣を振り回す――私は剣で斬撃を弾き飛ばして、逆に隙を突いて斬った。崩れ落ちる骸骨――周りのアンデッドたちの視線が集まる。


「かかってくるのなら容赦しませんよ――」


 斬り倒して、突き殺して、あるいは蹴り倒して――孤立した部隊に近づく。

 激しい戦闘が繰り広げている中、見知った顔が倒れているのを見つけた。


 倒れていると言っても死んでいるわけではない。剣をしっかり持って近づこうとするアンデッドを寄せ付けない。もう少しで立ち上がれる――しかし大柄なアンデッドが大剣で潰そうと振り上げる。もはやこれまでと思ったのか、目を瞑る――


「諦めるのは早いと思いますよ」


 私は後ろから大柄のアンデッドの首を刎ね飛ばす。

 崩れ落ちる敵兵をどかして、驚いている私の副官に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか――ルナさん」


 ルナさんは驚愕の表情のまま固まっていて――それから「余計なことを!」と怒り出す。

 クスリと笑って「はいはい。余計なことをしました」と肩をすくめた。


「しかし今日はルナさん、調子悪そうですし。ちょっとだけお手伝いさせてください」

「……相変わらず嫌味な人ね」

「あはは。酷いですね――」


 和やかに会話をしていると、数人のアンデッドが襲い掛かってくる。

 無粋だなと思いつつ、ルナさんが立ち上がるまで防いでおく。


「よっと。まだ戦えると思いますので、人を集めて一気に城まで戻りますよ」

「逃げるの? あなたの言う士道不覚悟じゃないかしら?」

「逃げるんじゃありません。また戦うための休憩です」

「物は言いようね!」


 ルナさんは私の背後から斬ろうとしたアンデッドを突く。

 そして私たちは背中合わせになった。


「さあ行きますよ――覚悟はよろしいですか?」

「言われなくても既に決まっているわよ!」

「その意気です!」


 さて。一次的撤退とは言ってもこのままでは全滅は逃れられない。

 私たちは今、千の敵兵に囲まれている。

 味方は二百程度……危ういなあ。



◆◇◆◇



 先王パ―モット様に騎士団への入団を認められた私は十年間の修行と実戦の末に、一番隊隊長に任命された。騎士団は八つの隊に分かれている。いわば幹部の一人だ。

 しかしやることは前線で兵たちと戦うだけだ。地位は高いけど安全なところでぬくぬくといられない。それはパスカル王国が魔王軍との戦いに余裕がないことを表している。


 私たち騎士団の一番隊が守るこのモシャン城は戦いの前線の重要地と見られている。

 ここが落ちればパスカル王国の王都は危うくなる。一気呵成に魔王軍は攻め立ててくるだろう。それだけは阻止しなければならない。


 けれども現状はかなり厳しいと言える――千を超えるアンデッドに対して味方は怪我人を含めて二百程度しかいない。とても根性で乗り越えられないだろう。


「というわけで、援軍が来るまで三日ともたないでしょう」

「そうだな……兵糧も少なく士気も下がっている……」


 ルナさんを助け出した後、私は守将のバルカンさんと彼の部屋で話していた。

 兵士からの叩き上げで現在の地位に就いた強者だ。私に言われなくても状況くらい分かっている。五十代の方だが私の意見を聞いてくれるのはありがたい。何度か採用もされている。


「なあソージくん。率直に訊くが……援軍の到着まで守れるか?」

「厳しいです。奇襲をかけていますが、相手はアンデッドです」

「アンデッドは頭を潰さない限り倒れない……」

「ええ。ですから要らぬ手間が増えます」


 普通の魔族や魔物なら腹でも心臓でも喉でも斬ったり突いたりすれば殺せる。

 だけど、アンデッドは心臓がない者が多い。だからバルカンさんが言ったとおり、頭を潰すか、もしくは刎ねるしかない。それを要らぬ手間と言ったのだ。


「援軍が来るまで最低でも五日、長くて八日がかかります」

「ふむ……」


 バルカンさんが腕組みして考え込む。

 いつもの癖だと思っているとノックの音がしてからルナさんが入ってきた。

 私とバルカンさんだけだと分かると、すぐさま「どうするつもりなの?」と椅子に座ってから切り出した。


「ルナか……奇襲が失敗した今、できることは精一杯粘るしかない」

「バルカン。そんな悠長なこと言ってられないわよ――死霊兵団のほうに援軍が来たわ」


 援軍は兵が増えるだけではない。

 兵糧や武具などの物資の増強が見込まれる。


「合わせて千五百。援軍が来ても対処できるかどうか……」

「前にも言ったが、騎士団の方だけでも脱出したらどうだ? この城は確かに大事だが、心中するほどでもないだろう」


 私は「それは聞けない相談ですね」と肩をすくめた。


「私たちの任務はここを失陥させないことなんですから。それに退いたらますます勝ち目が無くなってしまいます」

「この場において、まだ勝ちを望むと?」

「モシャン城が落ちたら王都が危うくなりますしね」


 するとルナさんが「大事な義姉がいるからでしょ」と冷たい目で見てくる。

 図星なので私は黙って頷いた。


「呆れた。騎士団は王国民を守るのが役目なはずよ。それなのに――」

「ごほん。二人の仲が悪いのはそれなりの付き合いで知っている。しかし今はやめてくれ。この状況を打破する意見が欲しい」


 バルカンさんのもっともな言葉に私は「そうですね」と頷いた。

 ルナさんは何か言いたげだったが、下を向いてしまう。


「状況を打破する方法は一つだけあります」

「ほう。それはなんだ?」

「古今東西、勝利を収める条件に――敵の大将を取る、があります」


 その言葉にルナさんもバルカンさんも驚く。

 私は続けて言った。


「死霊兵団の団長、キリリクを殺します。それしか私たちが助かる術はないでしょう」


 椅子から立ち上がったルナさんが「それができたら苦労は要らないわよ!」と怒鳴った。


「相手は魔王軍の四天王一人なのよ!」

「四天王ごときに臆していたら魔王は倒せません」

「――っ! そもそもどうやって殺すのよ! 相手が死霊兵団のどこにいるのか、分かるの!?」


 そこが懸念なのだけれど、私には考えがあった。


「死霊兵団の鎧は回収してあります。着込んでなりすまして潜入します」

「……もしかして、あなた一人でやるわけ?」

「ええ。もちろんです。私が言い出したことですから」


 ルナさんが反論しようとしたとき、バルカンさんは「危険な役目だ」と厳しく言う。


「確実にやり切ると誓えるか?」

「ええ。剣に誓います」

「分かった。どうせ成功しなければ皆死ぬんだ。やってみる価値はあるだろう」


 バルカンさんが言うと「ああもう! 馬鹿ばかりね!」とそのままルナさんは出て行こうとする。


「私、もう知らないからね!」


 バタン! と大きな音を立ててドアが閉まる。

 バルカンさんは「いつも思うんだが」と私に訊ねる。


「あの子は怒りっぽいのか?」

「出会ったときも怒っていましたね。なんででしょう?」

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