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猛者の剣  作者: 橋本洋一
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「君は既に――人殺しになっている」

「君がソージ・バーナードか。早速だが君の入団の件について話そう」


 執事に案内された応接間に入ると、いきなり大柄な男の人が切り出してきた。

 紹介も済んでないのになと思いつつ「ええ、いいですよ」と真向いの椅子に座った。

 目の前には男の人以外に若い女性と老人が大きな机を挟んで座っている。


 男の人は二十半ばぐらい。筋肉が隆起していてかなり力が強そうだった。鎧を着ていない平服で、青みのある短髪はすっきりした印象を受ける。かなりの強面だけど目が優しかった。


 若い女性は十代後半で、この世界では珍しい黒髪だった。私は見慣れているけど、ここらでは見ないだろう。それを一本に結んでいる。座っていても分かるぐらい背が高い。特に腕が長かった。


 老人はかなりの小柄で白いあごひげを生やしている。騎士団の一員とは思えないほど痩せている。私を見てにこにこしていて、あの笑顔の裏に何を考えているのか、まるで分からない。


「えっと、あなたは……?」

「俺はアリ・オードルという。パスカル王国が騎士団の副団長だ」

「オードルさん、ですか」

「単刀直入に言うが、君の入団は認められない」


 ばっさりと袈裟斬りのように断られた。

 いっそのことすがすがしさを感じる。


「理由を聞いてもよろしいですか?」

「五才の君では騎士団の訓練すらついていけないだろう。それにだ、今騎士団は魔王軍との戦いを継続している。あたら若い命を無駄に散らせたくないのだ」


 私を気遣っているようで、その実侮られているなと思った。

 生意気な子供を演じるように「反論します」と言う。


「訓練を受けていないのについていけるかいけないか、どうしてあなたに分かるんですか? それに私が魔王軍の戦いで死ぬとは限りません」

「威勢がいいな。しかしやる前に判断できることもある。その身体つきを見れば最近、剣を扱うようになったのではないか?」


 優れた観察眼――ま、そうでなければ副団長は務まらないか。

 このまま認めてしまえば話が終わってしまうので「ならなんで私に会いに来たのですか?」と訊ねてみる。


「入団を認めないのなら会う前に手紙でも送ればいいじゃないですか。やる前に判断できるんでしょう?」

「……まあな。実際に会って判断しようとは思った」

「それは――私が魔族を三人殺したことを聞いたからですか?」


 相手の心中を見抜くのは土方さんや山南さんの得意とすることだけど、今回ばかりは私も用いる。

 あまり好ましいとは言えないけど苦手ではない。


「ふん。ただの子供ではなかったか。身体は貧弱でも頭は回るようだ」

「それどころか、凄く腕が立ちますよ――私はね」


 大言壮語と思われても別にいい。

 自分を売り込まなければ機会は与えられないし、私の目的から遠のく。

 近藤先生が新選組以前の浪士組を会津藩に売り込んだことを思い出した。なんだか愉快だった。


「頭だけじゃなくて舌も回るのは認めよう。しかし、腕が立つとは……よくもまあ大口叩けたものだ」

「なら実際に見てください。私が嘘をついているとは思えなくなりますよ」

「副団長。この子、ずいぶんと自信過剰ですね。聞いていて不愉快です」


 急に若い女性が話に割り込んできた。

 しかも私を見つめる目がかなり敵意に満ちている。

 生意気言い過ぎたかもしれない。


「やめとけルナ。子供相手にムキになるなよ」


 困り顔になったオードルさんに「別にムキになっていません」とルナと呼ばれた彼女はすんとした顔になった。


「実力もないのに自信だけがあるのを見るのは嫌いなんです」

「ほっほっほ。ならばこうしようではないか」


 小柄な老人がにこやかな顔のまま、私たちに提案してきた。


「確かにわしたちはソージ・バーナードくんの実力を知らない。もし素晴らしい腕前を持っていたら大きな魚を逃がすのと同じだ。だとすれば……ここは彼の言うとおり、実際に見てみようではないか」

「ご隠居……本気で言っているんですか?」


 オードルさんは老人の提案に戸惑っているようだった。

 しかし老人はにこやかな表情を崩さない。


「ああ。それにその相手は――ルナちゃんにやってもらおう。アリくんと違って手心は加えないだろうし」



◆◇◆◇



 屋敷の主であるブライ公爵の許可を得て、庭園の広場を使わせてもらうことになった。

 立ち会うのは騎士団の面々で他の人はいない。話を聞いた義姉さんが一緒にいようとしたけど、オードルさんに危険だからと断られてしまった。だから遠くの窓からこちらを窺っている。心配をかけないように上手く立ち回るようにしないと。


「本当にいいんですか、オードル副団長。私、手加減なんてできませんよ」


 片手で練習用の木剣を何度も素振りするルナさん。対してオードルさんは「だから子供相手にムキになるなよ」とため息をつく。


「お前はすぐに熱くなるからなあ」

「……君、準備はもういいの?」


 素振りもせずに木剣を握ったままの私にルナさんは不審な目で見る。

 私は「ええ、大丈夫です」とにこやかに答えた――ルナさんの神経を障るように。


「いつでもいいですよ」

「……準備運動もしないでいいの、って意味で言っているんだけど」

「なんで準備運動とやらをしなくちゃいけないんですか? ……あなたが二刀流の剣士であるのが露呈するように、私の手の内がバレてしまうじゃないですか」

「なっ――」


 私の言葉にルナさんは動揺したようだった。

 オードルさんは不思議そうに「どうしてそう思う?」と慎重に問う。


「先ほどの素振りで分かりました。両手で振るうわけでもなかったので、何なら二本使ってもいいですよ。私は構いませんから」

「……副団長。ここまで舐められて黙っていられません」


 オードルさんはルナさんの怒りに「まあ待て。まずはそれでやってみろ」と腕組みをする。どうやらオードルさんは私に何か感じたようだった。


「ほっほっほ。見抜く力はあるようだな」


 老人は感心していて、これから行なう勝負を楽しみにしているようだった。

 ルナさんは片手で木剣を構えた。闘志がむき出しだった。


 私は木剣を正眼で構えた――近藤先生が教えてくれた始まりの構えだった。

 すっと力を入れずに構えると周りの空気が変わった気がした。

 やはり剣はいい。一気に集中できる。


「……気迫が漲っているな。よし、両者準備はいいか?」


 私は黙って頷いた。

 ルナさんも同じく頷いた。


「それでは――始め!」


 オードルさんの合図を聞いた瞬間、ルナさんは私に神速とも言えるほどの勢いで迫った。子供相手とは思えない、遠慮のない一撃だった。しかし私にしてみれば見え見えの剣撃だ。速いだけの上段斬りなど、幕末で何度も見てきた――


「……馬鹿な」


 驚きの声を漏らしたのは一部始終を見ていたオードルさんだった。

 倒れたルナさんも驚愕しているだろう。斬られる直前で躱した私は、足をひっかけて転ばして、膝をついた彼女の背中に剣を向けていた。


「この――」


 ルナさんは怒りに任せて立ち上がる。その喉元に剣を合わせるとルナさんは動けなくなった。後ろに下がる前に私が刺すのは誰でも分かる。これで二本取れたことになる。


「卑怯だぞ! まともに戦え!」

「まだ分かりませんか? まともに戦えば――怪我ではすまないと」


 ここで私は殺気を放った――久方ぶりに出したそれはルナさんの気概を挫くのに十分だったようだ。彼女も剣士だから実力の差がよく分かっただろう。剣を落としてしまった。


「あ、ああ……」

「そこまでだ。ふん、ここまでできるとは予想もしなかった」

「そうだな……オードルくん。彼は大きな魚だったようだ。釣り針に食いついている今、騎士団に入れたらどうだ?」


 老人に対し苦い顔で「認めざるを得ませんね」とオードルさんは頷いた。


「団長がなんと言うか……それだけが心配です」

「わしがお墨付きをやろう。若手で有望株のルナちゃんを圧倒したと証言してもいい」

「しかし、ご隠居――」

「幼いから魔王軍と戦わせられない、か。残念だがそれは通らぬよ」


 そこで今までにこやかだった表情を老人は悲しみのものに変えた。

 なんだろうと思っていると、老人はその顔のまま私に言う。


「君は既に――人殺しになっている」

「…………」

「騎士団に入らなければ一人でも魔王軍に挑むだろうな。あたら若い命を失うことになる」

「なら、入団を許可していただけますか?」

「ああ。良かろう」


 老人は鷹揚に頷いて私に近づき、肩に手を置いた。


「今は隠居の身だが、先王パーモットの名において君の騎士団入りを認めよう」

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