「言うなれば私は――人殺しなんです」
魔族を殺した夜が明けた。
私たちは近隣の領主の元まで逃げることができた――だけど、お母様は助からなかった。
身体が弱っていたのと、お兄様が行方不明であることを知らされてショックを受けて……そのまま眠るように息を引き取った。
私はマーガレット義姉さん以外の家族を失った。
いや、義姉さんは王族に連なる一族だからすぐに実家へ連れ戻されるだろう。
だから私は一人っきりになる。
「君が魔族を三人倒したと聞いているが……本当なのか?」
目の前の領主――スラル・ブライ公爵が訊ねてくる。
信じられないという顔だった。同じ立場なら私も信じないだろう。
五才の男の子が魔族を殺したなど……でも、私は沖田総司だった。前の人生を思い出した私ならば可能だ。
「ええ。本当です。私が三人殺しました」
「……君の義理のお姉さんも馬車から見ていたと言っている。二人が口裏を合わせる理由もない。だから信じるしかない」
ブライ公爵は悲しそうな顔で私の頭を撫でた。
「もう少し、世界が平和だったら、君はあんなことをしなくて済んだのにな」
素直にそう思う。
だけど、そうはならなかった。
私は死ぬ直前のことを思い出す。
新選組局長、近藤先生と副長の土方さんは最後まで敵と戦っていた。
一方、私は畳の上で死んでしまった。
結核なんて情けないものにかかってしまったからだ。
布団の上で血を吐き、他人の世話になりながら生き永らえる。
何とも情けない末路だ。
人をたくさん斬った報いだとしたら相応に思えるが……
私は死の直前、御仏に祈った。
せめて、来世があるのなら――戦って死にたいと。
しかし御仏も意地悪らしい。
魔王のせいでお父様やお母様は死に、そしてお兄様は行方知らず。
そこまでして私に戦う理由を作るなんて――
ブライ公爵は私にずっとここにいていいと言ってくれた。
厚意に甘えたいところだが……じっとはしていられなかった。
魔王軍が迫ってくる可能性もある。パスカル王国のどこにいても安心はできない。
だから――
「ブライ公爵閣下。お頼みしたいことがあります」
「なんだい? なんでも言ってくれたまえ」
私の目的は一つ。
魔王を殺すことだ。
仇を取らねば武士ではない。
少なくとも近藤先生が目指した武士ではない――
「私を王国の騎士団に推薦してもらえますか?」
◆◇◆◇
「ソージ。あなた王都に行くらしいわね」
「ええ。義姉さんとはここでお別れですね」
義姉さんに宛がわれた部屋で二人だけで話していた。
執事や侍女はいない。本当の意味で二人っきりだ。
義姉さんはようやく落ち着いたようで、いつも通りの態度だった。
「ブライ公爵はできる限り私の希望を叶えると言ってくれました」
「あら。そんなに気前のいい人だったかしら?」
「バーナード家の領地の経営を任せると言ったら頷いてくれました」
「はあ? 本気で言っているの?」
怒るというより呆れている反応だった。
私は「幼い私ではどう足掻いてもできませんから」と言う。
「それに爵位だけはいただけました。私にはそれだけで十分です」
「まあ爵位さえあれば騎士団に入れるから」
「行方知らずのお兄様には申し訳ないと思います」
お兄様という言葉に義姉さんは悲しそうな顔をした。
端正な顔が悲しみに歪むのは見ていられない。
だけど――義姉さんには前を向いてもらいたいんだ。
「はっきり言いましょう。お兄様は――」
「私は再婚しないわよ。バーナード家の嫁いだ日から決めているの。ピーターのために生きるって」
「でも……」
「それに、ピーターが……死ぬわけないもの」
死を認められないのは十二分に分かる。
私だって信じたくない。
万が一でも生きているのなら――
「そうですね。お兄様は案外生きていらっしゃるのかも」
「その話は終わり。それよりも聞きたいことがあるのよ」
義姉さんは私をじっと見て「あのとき言った言葉、覚えている?」と言う。
「ええ、魔族を殺したときですね」
「シンセングミ、とかいう隊長で、名前もオキタソウジって言っていたわね」
「思い出したんです。私がそうであると」
「私はあなたを三才の頃から知っているわ。でもでたらめとも思えない。剣術をしっかり習っていないあなたが魔族を殺せるとは……考えられないの」
私はため息をついてから「私には前世、つまり生まれる前の記憶があります」と正直に話した。
眉をひそめるけど、義姉さんはしっかり聞こうとしてくれている。
「近藤先生と土方さん。その二人について行って。私は新選組という組織の一番隊組長になりました」
「聞き慣れない名前ね……」
「私はよく分からなかったのですが、尊王攘夷のために戦いました」
義姉さんは「よく分からない目的のために戦ったの?」と不思議そうに言う。
「たくさん、戦ったの?」
「ええ。たくさん殺しました。不逞浪士をたくさん殺したんです」
「……フテイロウシって、人よね?」
「言うなれば私は――人殺しなんです」
義姉さんは何も言えなくなって、椅子から立ち上がるとしばらくうろうろし始めた。
それから再び椅子に座ると「あなたが人を殺したのは前の人生のことよね」と確認する。
「だけどその記憶が残っている……いつからなの?」
「魔族を殺してからです。急に思い出しましたよ」
「そうなんだ……」
「とても残念です。もしもっと早く思い出していたら、お兄様と一緒に戦えたのに」
そして戦いの中で命を落とせたのに。
戦って死ねたのに。
「ねえソージ。あなたはそのシンセングミの中では強かったの?」
「自分で言うのもなんですが、とても強かったと思います」
一番強いと言いたいところだったけど、永倉さんや斉藤さんもいたからなあ。
今となってはどっちが強いとも言えない。
「それでも人間の中でしょう? 魔族や魔物はもっと強いわ」
「確かにそうでしょう。だから私は騎士団に入りたいんですよ」
「どういうこと?」
「騎士団に入れば自分をもっと鍛えられますから」
幸い、技はこの身体でも身についているようだった。
三段突きができたことがその証だ。
「ご安心ください。私は騎士団でもやっていけますよ」
「……安心なんてできないわよ。心配で仕方ないわ」
「おや。いつになく素直ですね。義姉さんなら『あなたの心配なんてしない』とか言いそうですが――」
その言葉に義姉さんは「ふざけないで!」と怒鳴った。
どうして怒っているのか分からない私に「あなただけなのよ!」と肩を掴んできた。
「あなただけが、私に残された家族なの! その家族を心配しないなんてありえないわ!」
「義姉さん……」
「逆に訊くけど、私のことは心配してくれないの!?」
これは私が悪い。
前の人生からどうも人の機微に無頓着なところがあった。
「ごめんなさい。無神経でした」
「…………」
「そう睨まないでください。私も心配していますよ、義姉さんのことは」
義姉さんの疑う目に私は弱かった。
なんとか機嫌を直してもらって、私は義姉さんとの会話を終わらせた。
明日からやることがたくさんあるのだ。
◆◇◆◇
朝起きてお兄様からいただいた剣で素振りをする。
部屋は広くて素振りをするに十分の広さだ。
ぶんぶんと音を鳴らして振っていると「失礼します」とノックされた。
はいどうぞと返事をすると、礼法に則って執事が入ってきた。
「ソージ・バーナード様。王都より騎士団の方々がお見えです」
「そうですか? いやに早いですね」
「魔王軍の対策のため、近くまで来ていたそうです」
私は汗を拭いて騎士団の方と会うことにした。
どんな方だろうと少しばかり期待している。
はたして入団が認められるのだろうか。