いざ、異世界へ!
これは、ある暑い夏の日の出来事だった。
「emaってサイトに行ってみて。 きっとお兄さんにとっていい事あると思うよ」
この言葉によって人生が激変することを俺はまだ知らなかった。
xxx
???「.....いさん.....お兄さん」
目が覚めると、いつもと変わらない天井がそこにあった。
8月15日、午後12時半。 カーテンを開けるとあまりの眩しさに目を細めた。 今日はとても天気がいい。
あまりに暑いのでアイスでも食べようと思い、部屋を出た。 すると母親と出くわしてしまった。
「げっ」
俺は思わず声がでてしまった。
「げって何よ」
すかさず母親がつっこむ。
「あんた、今月中に仕事見つけないと追い出すからね」
眉間に皺を寄せながら言う。
「分かってるよ」
そう言って俺は部屋へ戻った。
お察しの通り、俺はニートだ。 母親は俺の顔を見る度、ハロワに行けと言ってくる。 だから俺は出来れば会いたくない。
俺はバニラアイスを食べながら今日ハロワへ行くことを決めた。 いつも明日にしようと先延ばしにしているが、さすがに日にちが迫ってきた。 20年間住み続けてきた子ども部屋を追い出されては困る。 うん、今日行こう。
xxx
俺は身支度を済ませ、家を出た。 やはり8月なだけあってとても暑い。 恐らく今日は太陽が3つくらいあるのだろう。 少し歩くだけで汗だくだ。 運動のため電車には乗らず徒歩でハロワまで行くことにした。 しかし、引きこもりにはキツイ。 少し後悔した。
30分ほど歩くと、それらしき建物が見えた。 しかし、俺は違和感を覚えた。 誰もいないのだ。 開いていない可能性がある。俺は不安を抱きながら扉を開けた。
「こんにちは」
お姉さんが声をかけてくれた。 開いていてよかった。
「こちらへお掛けください」
美人なお姉さんが笑顔でそう言った。
「あ、はい。ありがとうございます」
俺は今、とても気分がいい。 来る時はそれはもう憂鬱だった。 しかし今、美人なお姉さんが目の前にいる。 そう、美人なお姉さんと話せる。 引きこもりの俺には中々ない経験だ。
「今日ってあまり人いないんですね」
「そーですね。お盆ですからね」
忘れていた。 今日は8月15日。 お盆だ。 それなのに出勤とは可哀想に。
「あの、履歴書は持ってきていますか?」
「あ、忘れました」
しまった。 大切なものを忘れてきてしまった。 せっかく数日前に書いたのに。
「取りに帰った方がいいですかね?」
「取りに帰るのめんどうですよね。今パソコンで作りましょうか?」
「お願いします」
優しい。 女神だ。
「それでは、お名前を教えてください」
「早川ゆずるです」
お姉さんがパソコンに打ち込む。
「学歴は?」
「中卒ですね」
「何か資格などはお持ちですか?」
「んー漢検5級くらいですかね」
「特技は?」
「ネトゲです」
「あの、真面目に答えてもらっていいですか?」
「あ、はい。すみません」
お姉さんがムッとした表情になった。 それもまたかわいい。
xxx
「本日は以上になります」
ひととおり終わると、俺はハロワを出た。 ハロワの中は涼しかったが、外はとても暑い。
15分ほど歩くと、俺は休憩した。 これ以上歩いたら熱中症になる気がしたからだ。 そこの公園で休もう。
目の前には、小さな公園がある。 滑り台、鉄棒、ブランコ、ベンチ。 俺はベンチに腰掛けた。 空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。
「ねえお兄さん、夏は好き?」
セミの鳴き声に掻き消されそうなほどの声量でそう聞かれた。 ふと横を見ると俺の横に女の子が座っている。 セミロングの白い髪、透き通った白い肌、青色の大きな瞳。 背丈は小学4年生くらいだ。 とても整った容姿に俺は見蕩れてしまった。
「えーっと、俺はどっちでもないかな。君は?」
「まあ、夏は嫌いかな」
女の子はふてぶてしくそう呟いた。 よく見ると、猫を膝に乗せて撫でている。
「そっか。で、どうしたの?」
「お兄さん、emaっていうサイトに行ってみて。きっとお兄さんにとっていい事あると思うよ」
さっきの態度とは一変して、女の子は笑顔でそう言った。
「何それ?」
俺がそう言うと、猫が走って道路の方へ行った。
すると女の子が追いかけていった。
「危ないよ! 赤信号だよ! 」
俺の声が聞こえなかったのか、女の子は猫を追い続けた。 交差点にはトラックが迫っている。 すると、女の子は赤信号へ飛び込んだ。
「危ない!!! 」
女の子とトラックがぶつかった.....と思ったら女の子が消えた。 トラックが通り過ぎても女の子の影はない。 一体何が起こったのだろうか。 疲れているのだろう。 直ぐに家へ帰った。
xxx
「ただいまー」
家に帰った俺は、疲れたのですぐ寝ようとした。 だが、先程のことが気になって眠れない。
『emaってサイトに行ってみて』
確か女の子はそう言っていた。
「ema......」
俺はスマホで『ema』と入力して検索をかけた。
すると、それらしきサイトが見つかった。 クリックしてみる。
サイトを開くと、大きな文字でこう書かれていた。
『異世界へご招待します!! 』
これは一体何なのだろうか。 真に受けていいのだろうか。
そう思いつつ、おれはスクロールした。
『異世界へ、GO!! 』
大きな字でそう書かれている。
俺は先程の光景を思い浮かべた。 トラックに突っ込んだ瞬間、女の子は消えた。
「まさかな」
試しにボタンを押してみる。
!?!?
押した瞬間、俺は光に包まれた。 あまりの眩しさに目を瞑った。
xxx
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
宙を舞っている人、指でタバコをつける人、手から水を出して花に水やりをしている人。
「嘘だろ⋯⋯」
俺は他にも違和感を感じた。 身長が縮み、声が高くなっている。
「俺、本当に異世界に来たのか? 」
もし本当に異世界へ来たのだとしたら、これからどうすればいいのだろうか。
悩んだ末、近くにいる男性に話しかけてみることにした。
「すみません。ここって何処ですか? 」
「どうしたの? 迷子かな」
優しそうな20代くらいの男性。 少し考えた後、俺に質問してきた。
「お父さんかお母さん何処にいるか分かる? 」
「分かんないです」
まず、この世界にいるのかすら危うい。
「そっか。じゃあとりあえず着いてきて」
男性はそう言うと俺の前を歩き始めた。
ここはレトロな街並みが広がっている。 レンガの家が建っており、周囲の女性は皆、前の世界でいうロリータ服のようなものを着ている。
辺りを見渡していると、なんだか周囲の人が俺の方をジロジロ見ているような気がした。 少し不安だ。
しばらくすると、男性は足を止めた。 目の前には大きな建物が広がっている。 どうやらここに入るようだ。
中に入ると、男性は受付のような場所で中年女性に話しかけた。
「すみません、この子迷子らしいのですが」
「そうなんですね。じゃあ僕、ちょっと着いてきてね」
どうやらここは警察署のようだ。
俺は男性にお礼を言い、女性に着いて行った。 階段を登り、2階へ行くと広いロビーがあった。
「じゃあここのソファに座ってちょっと待っててね」
そう言うと女性はどこかへ行ってしまった。 周りを見渡すととても人がいて、みんな忙しそうにしている。
俺がソファで大人しく座っていると、何やら視線を感じた。 目の前で若い男性がこちらを睨んでいる。
細身で金髪のイケメン。 ソファに深く腰かけ、偉そうにしている。
俺が男性を見つめていると、何故かこちらへ歩いてきて俺の前でしゃがんだ。
「お前、なんでここにいるんだ?万引きでもしたのか?」
男性がからかうように笑いながらそう言った。 俺は内心すごく腹が立った。
「いや、ふつうに迷子です」
「お前、名前は?」
「早川ゆずるです」
「 .......... 」
それっきり男性は黙り込んでしまった。俺が困っているとしばらくして男性が口を開く。
「.....ちょっと着いてこい」
「でもここで待つように言われてて.....」
「いいから着いてこい」
男性はズカズカと歩き始めた。
「エマ、あとは頼む」
「わかりました」
聞いたことのある声が聞こえた。 見ると、男性の横に女の子がたっている。 そう、俺にあのサイトを教えてくれた女の子だ。
「あ、あの! 聞きたいことがあるのですが! 」
女の子に話しかけようとしたが、直ぐに消えてしまった。