転生も回帰もチートも無い、ただの令嬢のお話
シャルロット・ベルティエ令嬢は母に王妹をもつ、由緒正しき筆頭公爵家の長女である。
優しく明るい母と、美しい庭を散歩するのが彼女の楽しみだった。
「薔薇は危ないわ」と笑いながらデイジーで花冠を作ってくれた。
しかしながら、彼女の母は彼女が3歳の頃に亡くなってしまった。それが始まりで終わりだった。
現王は、才に溢れ、それを誇示せず明るく優しい妹を溺愛していた。当然、妹にそっくりな姪も。
妹が亡くなったと聞いた時、王は嘆き悲しんだ。
そして、ベルティエ公爵の『娘と2人、妻のことを偲びたい』という言い分を受け入れた。
公爵には愛する女が居たが、身分差があった。そして、王女と結婚が決まった。
妻が死んだ時、公爵は内心喜んだ。
『妻を偲びたい』、そう言って愛人と共に屋敷に引き篭もった。
娘の存在など、すっかり忘れていた。
シャルロットは、お母様が居なくなり、とても悲しかった。
乳母のブリジット子爵夫人が共に泣き、優しく撫でてくれたから耐えられた。
ある日突然、ブリジットが言った。
「お嬢様、ごめんなさい。お嬢様…お嬢様……私、本日で辞めさせていただきます…ごめんなさい…お嬢様…」
シャルロットはびっくりした。お母様に続いてブリジットまで居なくなってしまうなんて!
泣いて嫌がるシャルロットを、泣きながらブリジットは抱きしめた。
シャルロットのご飯は段々と減っていった。
新しい服は貰えないし、お世話もされなくなっていった。
ある日、とてもきんきらでピカピカな女の人がやって来た。
「お前のせいで私と旦那様は結ばれなかったのよ!」
そう叫びながら何度も何度も、痛いことをされた。
その日から、シャルロットのお部屋は無くなった。
気付けば、妹が亡くなってから3年以上が経っていた。
喪に服すのは長くても1年だ。
ベルティエ公爵は相変わらず、社交にも王城にも姿を見せない。
ただ、ここ数ヶ月、貴族向けのカフェで見かけた、と言う話を聞くのだ。豪奢な格好の女と共に。
ならばシャルロットは、というと、娘と出歩く姿は聞こえて来ない。
母を亡くしたのだ、傷が深いのだろう。
そう言い聞かせてきた。だがもう3年経つ。
王は、愛する妹の娘であるシャルロットに会いたいと手紙を出した。
『娘は妻を亡くして以降、妻の部屋から出ないのです。どうかご容赦ください。』
それが、ベルティエ公爵からの返事だった。
何かがおかしい、と感じた。
妹は会う度、公爵邸の庭の美しさを、そこを駆け回る娘の愛おしさを語っていた。
王は影に命じた。ベルティエ公爵家を調査するように。
何もなければそれで良いのだ。
できればシャルロットの様子を、と伝えてある。
王の予感は当たった。悪い方に。
シャルロットは亡くなっていた。
庭の掃除用具入れの隅で丸くなって。
奇しくも発見されたその日は、シャルロットの7歳の誕生日だった。
シャルロットが発見されたのは、亡くなってから既に数日が経過していたようだった。
冬であったから、亡くなったのか。
しかし、冬であったから、遺体を見つけられたのだ。
王は公爵に死を命じた。
準王族である王姪のシャルロットを虐待死させたのだ。
近衛が公爵邸に乗り込んだ時、美しかった庭は毒々しい薔薇で満ち、ベルティエ公爵の私室では、公爵と女が淫らな姿で捕らえられた。
後悔に、怒りに、全てに狂う王の元に、とある子爵夫人が謁見を、と申請した。
シャルロットの乳母を名乗る彼女は、王の前へ来るなり、土下座し、首を差し出した。
「申し訳ございません…お嬢様…お嬢様……!お嬢様だって私の娘だと、不敬ですが思っておりましたのに……お嬢様…!」
唯ならぬ様子の夫人を落ち着かせると、彼女は語り始めた。
曰く、突然乳母を辞めさせられたと。その後の想像は難くなかったが、他言すれば家で待つシャルロットと同い年の息子が…と言われ、言い出せなかったと。
娘をお嬢様を守れなかった自分など殺してくれと、泣き叫ぶブリジット子爵夫人と共に、王も泣いた。
シャルロット・ベルティエ公爵令嬢は亡くなった。
7歳を迎えずに。1人、掃除用具入れの片隅で。
お腹を空かせ、寒さに震え、暴力に怯えながら。
泣いても悔やんでも怒っても、彼女が亡くなったことは変わらない。
ブリジットの語った、
「シャルロットお嬢様は、デイジーの花がお好きでした…」
という言葉を受け、公爵邸のあった場所はデイジーの花畑となった。
今日もシャルロットを救えなかった者達が、何も知らない無邪気な子ども達が、花畑の中へと向かう。