第38話
オレたちはローズを出た。家督を継いだアンナ……イステは、ローズに残った。
そしてアクアへと来た道を戻った。
まだ切れ耳の彼女がいるとは限らないが、文句を言うアレスを連れていった。
オレは罠を作って野兎を仕留める。
「お見事だど」
「あんなの誰でもできる」
拍手をするオデと悪態をつくアレスに料理を振舞った。
兎肉のソテーは絶妙な焼き加減に仕上がり、オレたちは舌つづみを打つ。
「本当に会うのか。あいつに」
アレスが呟いた。
鋭い視線でオレを睨む。
「あいつを傷つけても、いいのか」
「……それはわからないだろ。会ってみなくちゃ」
オレは言った。
奴隷と主人だった二人の関係が、どこまで壊れてしまっているのか。
それは想像することしかできない。当人たちでさえ。
「……」
アレスは応えることなく、ソテーにかぶりついた。
荒地についた。
「ここは東の森だど」
オデが説明した。
アレスが見上げる。
「なんだそりゃ」
「エルフたちが使っている呼称だど。……奴隷の売り買いがされていた場所だど」
言い淀みながら、オデが続けた。
アレスが俯く。
「ここでオデは彼女に出会ったど」
アレスが顔を上げた。怒りに染まった表情で。
「お前、どういう意味だ」
「だから、人買いの商品だった頃に、オデは彼女と会っていたど」
「なんで言わなかった」
「ほ、ほとんど会話はしなかったんだど。言っても仕方ないことだど」
「てめえ、その人買いにあいつはヤられたかも知れねえっていうのに……」
「そ、それはないど、年数としても」
アレスは凄んだが、どんどんしぼんでいくオデの肩を見て、ふいっとそっぽを向いた。
「ごめんだど」
「うるせえ、黙れ」
アレスは荒野を進む。
遠くに、姿が見えた。
耳当てを付けた、少女が。
彼女の腕には、小さな赤子がいる。
「あ、あれ」
意味のない言葉がオレの口をついて出ていた。
アレスは気付いていた。
彼女はこちらを見ると、驚いたような顔をして、踵を返した。
「ごめん!」
アレスは叫ぶ。
「……ごめん」
怒号のようになっていた声を、小さくひそめる。
それでも荒野に声は響いた。
「許されないことはわかってる。周りの目を気にして、お前を、お前ならわかってくれるって一方的に思い込んで、勝手に裏切られた気になって、勝手に……」
アレスは続ける。嘘のない言葉を。
「怖いよな、ごめん。嫌だよな。許さなくていい。逃げていいから」
「こわく、ない!」
耳当ての少女は、振り返ることなく言った。
赤子の泣きわめく声。怒号のようになったその声を、彼女はひそめる。
「ご、ごめんなさい。ず、ず、ずっと、いえなかった。ま、守られていたのに」
オレは気付いた。荒野の端、木陰にソレイユと彼女の双子の娘がいることに。
耳当ての少女を、見守っている。
「なんでお前が謝るんだよ」
アレスは泣きそうになっていた。
「守られてたのに、また、ひ、ひ、ひとりにならないように、守られていたのに……」
「謝らなくていい。いいから……俺はお前にひどいことをして」
少女は、微笑んでいた。
不思議な光景だった。
「鎖」
彼女は微笑んだまま、言った。
「鎖、ま、ま、まだ持ってる?」
アレスは両手を差し出す。
「もう、持ってないよ。ほら」
アレスは泣きながら笑っていた。
「よかった」
彼女は、子を抱いたままアレスに近付く。
そして、すれ違う。
オレとオデとモフの背後にある街道へ、彼女は歩く。
「もうお前に鎖はかけない。一緒になろうなんて言わない」
アレスの声に、彼女は振り向かない。
「うん」
彼女は、街道にたどり着き、うなずく。
「じゃあ、またね」
「……ああ」
邂逅はそれで終わった。




