第34話
オレたちは再度、アンナの実家に赴いた。
先頭にはコナーがいる。使用人の男が深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませ、コナー様。失礼ですが、後ろの方々は」
「大丈夫です。イステは門をくぐりません」
オデとオレを引き連れてコナーは門をくぐった。
オデは表紙の破れていない、ローズ条例の本を手に収めていた。
食堂に入る。
アンナとコナーの父親と、やつれた母親が現れた。父親の名はソーンズ、母親はドスルと言った。
ソーンズは口ひげを撫で、オデを一瞥してから、上座のすぐ隣に座った。そのまた隣にドスルが座る。
「お父様」
「……コナー、座りなさい」
コナーはすすめられた上座に向かう。
オデとオレは入り口から動かないし、ソーンズもオデの顔を一瞥してからは気にするそぶりがなかった。
ドスルはずっと黙っていた。
「体の調子はいかがですか」
コナーは両手を組んでたずねる。
「要件から言いなさい」
ソーンズはナプキンを手に取る。
その様子を見て、コナーは頭を振った。
「では。お父様、自分はあなたを勘当します」
「なっ」
ソーンズの表情が一瞬固まり、激高した。
「……っなにを、言っているコナー! 気でも狂ったか!」
ソーンズは立ち上がった。
それを諫めるように、オデはローズ条例の本を持ち上げて声を発した。
「勘当は家の当主が家族に対して行うとローズ条例では決まっているど。現当主であるコナー氏があなたを勘当することは条例の上で可能だど」
ソーンズが振り返り、わなわなと怒りをあらわにする。
「貴様に聞いているのではない!」
叫ぶと、また自らの息子に向き直る。
「父親を勘当する息子がどこにいる!」
「ここにいます。古いしきたりに縛られた老人を置いておくなど、家の損失でしかありません」
コナーは、ふう、と息を吐く。
そして伝えた。
「撤回して欲しければ、イステ=アラスダラ・フランドロと話し合ってください」
沈黙。
「……それが目的か」
ソーンズは咳ばらいをし、腰を下ろす。
その間も、ドスルは黙って俯いていた。
少し時をさかのぼる。
宿に現れたコナーは頭を下げたのだ。
「自分と共にお父様を説得して欲しいのです」
オレたちは再度、顔を見合わせた。
「自分は家を捨てたいのです」
「なぜ」
アンナがたずねた。
「結婚したい相手がいます」
「お、お相手は?」
「言えません」
動揺する姉へ無表情に答えた。泣きそうになるアンナ。
その様子を見て、コナーは咳ばらいをして続ける。
「誰にも言えません。このローズでは認められていない恋です」
アレスの表情が動いた。
「この恋を成就させるために、自分は家を捨てたいのです」
「そのために、協力を」
オレは呟く。
「そ、そんな、コナーが家督を拒否するならどうなるの」
「姉様、あなたが家を継ぐのです」
コナーの言葉にアンナが目を見開く。
「自分は先日襲名したばかりです。本来ならソーンズ・フランドロ十七世と名乗るべきなのでしょうが、自分はこれを放棄します。姉様に譲るつもりです」
オデは顎に手を当てて考えていた。
オレはモフを膝に乗せて固まっていた。
アレスは黙っていた。
そしてアンナは。
「そんなの、駄目です!」
アンナは怒っていた。
「わたしが家督なんて、そ、そんなのフランドロの家を取りつぶすのと一緒です!」
「姉様」
「コナー! あなたがそんなに無責任だなんて思いませんでした! わ、わたしは、そんなことになるくらいなら」
「姉様!」
声が部屋に響く。
アンナは涙をこらえていた。不意に、窓枠に手をかけて外へ飛び出そうとしたが、アレスが抑えた。
「時代は変わるのです。姉様、自分と協力してください」
現在の、フランドロの屋敷へ戻る。
「イステの勘当を取り消せと言うのだろう。何度頼まれようが同じだ」
ソーンズは苛立たしさを隠そうともせず、机の端を指で叩いていた。
「ではこれから裁判所へ出廷し、正式にソーンズ・フランドロ十六世の屋敷への出入りを禁じます」
「馬鹿なことを。どうせ却下される」
「やってみなければわかりません。今の裁判長はカンヨですから」
ソーンズの眉があがる。
ドスルの俯いた顔もわずかに表情が変わった。
「まだ付き合いがあったのか」
「裁判官と付き合っておけと言ったのは、お父様ですよ」
その時、扉が乱暴に開かれた。
オデとオレは扉と壁に挟まれる。
「全員、動くんじゃねえ!」
アレスがアンナを拘束して現れた。
「な、な、貴様、なにをして」
「黙れジジイ! この娘の命が惜しかったら、ありったけの金品と馬を用意しろ!」
廊下で取って来たのだろう。剣を構えて、アレスは叫んだ。
「姉様……」
固い表情のまま、コナーは絞り出すような声を発する。
それを振り返り、アレスとアンナへ向き直り、ソーンズは眉を吊り上げた。
「……イステ! お前の策略だろう!」
ソーンズは叫ぶ。
その通りだった。正確にはアンナは最後まで反対していて、オレたちが無理に通した策略なのだが。
芝居が看破されたが、アレスはまだアンナを拘束している。
ソーンズは椅子を振り上げて、ドスルは驚いた表情のままアンナを見上げていた。
アンナは泣いていた。
「お父様、お母様……、わたし……」
「ええい、騙されんぞ! そ、そいつは昨日来ていた男ではないか! ここにいる二人も! アクアで知り合ったのだろう、あばずれめ!」
「わたしは……」
「邪教に染まっただけでなく、こんな、こんな猿芝居を打って同情を引こうなどと……」
アンナは涙と鼻水で濡れた顔を上げた。
「わたしは、感謝したいのです」
沈黙。
「いいから金目の物を出せってんだよ!」
アレスは完全に役に入り切っている。
オデが止めに入ろうとドアを押したが、オレは頭を振ってドアを引き寄せた。
「感謝したいのです。あなたたちが居たことでわたしはこの世に生まれました」
「黙れ」
ソーンズは椅子を構えたまま、呟く。
「お父様とお母様が出会い、愛情をわたしに注いでくれた、そのことを感謝したい」
「黙れ……!」
「あなたたちのためならば命だって捧げられます」
ドスルが立ちあがった。
「イステ……!」
ここで母親が初めて発したのは、洗礼名ではない彼女の名前だった。
「あなた、イステが……」
「わかっている!」
ソーンズは椅子を振りかぶる。
「子が、親のために命を投げ出すな! 馬鹿者が!」
椅子の足が、アレスの頭にヒットした。
昏倒したアレスがオレたちの目の前に転がった。アンナが解き放たれて、オデとオレも隙間から解き放たれる。
興奮する父親の横から、母親が滑り出た。アンナを抱きしめる。
「イステ……」
ドスルが涙を流す。
「お母様……!」
アンナは、まだ泣いていた。
門を出る。
柱の影にはモフが待っていた。
「偉いぞ」
ヒャン、と掠れた声でモフは頭に積もった雪を振り落とした。
冷えた彼を抱き上げる。残った雪は指の上で溶けた。
後ろを見上げると、オデがアレスを支えていた。
「ありがとうございました。アレスさんは特に、つらい役をさせて申し訳ありません」
門まで見送りに来ていたコナーが頭を下げる。
殴られたところを雪で冷やしているアレスが、片手を振った。
「いいんだよ。同じような恋をした仲だ」
「それは」
「絶対に言わねえ」
アレスは舌を出して笑う。
オレたちが門をくぐると、黒いインバネスコートを纏った男が走って来ていた。
「コナー!」
「カンヨさん、どうしてここへ」
コナーが迎える。
裁判長のカンヨは頭に雪を積もらせたまま、コナーの手を取る。
「屋敷が騒がしいと通報があって、心配で来たんだ。警察にも連絡してある」
「それは取り下げてください。賊は反省しています。この通り」
コナーがアレスを指した。アレスは新しい雪をすくって頭に載せながら、肩をすくめた。
「そ、そうか。コナー、きみが無事でよかった」
「はい」
離そうとしたカンヨの手を、コナーは固く握り返し、そしてオレのほうを向いた。
「ありがとうございました」
「オレはなにもしていないよ……」
転生者だから、と言おうとしてやめた。
モフが顎にすりよってきて、言えなかった。
「自分には、あなたが彼らを繋いでいるように見えます」
コナーは言った。
「……あー、ところで、俺が殴られる必要ってあったのか?」
アレスが疑問を口にした。
ヒャン、とモフが答えた。




