第26話
投票日。
平民には貴族を議会に推薦する権利が与えられている。平民たちは貴族の持つマニフェストや、人柄や、顔で票を投じる。
推薦票が一定水準を超えた貴族たちが集められ、最終的な決議は彼ら彼女らの間で行われる。
奴隷には投票に参加する権利はない。現状は。
放蕩息子であるオレには当然水準以上集まることはなく、その日もいつものようにモフの散歩をして、議会場の周りを一周して、公園でアンナとサンドイッチを食べていた。
「この国ってそういうシステムだったんですね」
「ローズは違うのですか」
「つい十年前に女性の政治参画が認められました。それ以外はごく普通の八君主制ですので。この国はチャンスが広く与えられてるということですね」
はたしてそうだろうか。オレはサンドイッチを頬張ったまま俯く。
「い、いえ、オレさんにも政治参加のチャンスがあると言いたかったんです。気を落とさないでください」
髪に芝生が絡まったアンナが慌てた様子で手を振る。
そういう落ち込みではなかったのだが、オレは言わないことにした。
「つまり今日の投票でソレイユさんが受かればいいんですね」
「いいや、彼女は今回票集めの活動をしていないそうです。人気のある代表者に集める作戦らしい」
勝機はあるとも言っていた。
オレにできることはない。そうわかっていても、落ち着かない心があった。
選挙期間も終わってオデは法律の勉強を頑張っていた。
また倒れないように、夜は見張った。オレが先に寝ないようにモフを抱えてきたら、うっかり彼を潰しそうになってしまった。
「ご無理はなさらないで欲しいど」
モフに顔をなめられながらオデが言う。
オレは寝室へ戻った。
選出された貴族たちが議会場に集い、長い会議が始まった。
会議の内容は新聞で報じられた。
オレはそれをモフの散歩のついでに確認し、一通り確認すると、教会の裏の屑籠に新聞を捨て、議会場を周りを一周して、家に帰った。
それを五回続けた次の日、新聞の隅に『法改正』の字を見つけた。奴隷法が廃止されることが決定的であると新聞は報じていた。
オレはひとまず安堵した。
「改正案は通りました! 皆さんのおかげです!」
議会場から出てきたソウラが叫んだ。
拍手。拍手。拍手。
互いに抱きしめ合い、喜びを分かち合う。彼ら彼女らの輪をオレとオデはすこし離れた場所から見ている。拍手だけは送っている。
ソレイユも歓喜の輪には入っていなかった。
新聞を見つめている。
「この、転生者法とはなんですか」
ソレイユは声を上げる。
歓喜が静まり返る。
「転生者のための法です。彼らをあるべき場所に戻すために、専用の医療施設を創設するのです」
ソウラが答えた。
老いた貴族は笑っていた。塗り固められた善意の顔で。
「ソウラ、あなたは」
「総意は取りましたよ。満場一致でした。ねえ、皆さん!」
拍手。
「それでは我らは礼拝がありますので、よき終末があらんことを!」
委員会の者たちはソウラの言葉を繰り返す。オデとソレイユを除いて。
拍手。歓喜。善意。
第一条。
法律はすべての民のためにある。
『己の罪を呪うがいい』
女神の声が反響する。