第17話
「その日の御食がすごく辛いのを知らなくて、そしたら司祭様がひっくりかえってしまって!」
「あははは! もう、信じられない!」
「その時の司祭様ったらですね、あっ、いらっしゃいませ!」
移転したパン屋でアンナと、彼女と談笑しているココに出会った。
「固焼きパン二つですね?」
「ああ、ついでにその、ベーコン入りも」
「わかりました!」
オレが注文する前にアンナは手際よくパンを包んでいく。
すっかり店に馴染んでいる。
オレはココのほうを見る。笑い泣きで出た涙をハンカチに吸わせていた。
「やあ」
「婚約解消の件、考えてもよろしくてよ」
オレは耳を疑った。
「本当に?」
「ええ。それにはまず、あなたが幸せになって」
彼女の言葉が、オレにはよくわからなかった。
「……オレが?」
「銅貨三枚です!」
アンナが紙袋を差し出した。
ココは何も答えず、アンナのほうへ向き直る。
「それでそれで、司祭様はどうなったの?」
「ひっくりかえった司祭様ったらですね、すました顔で……――」
オレは話を遮ることができず、店を後にした。
ヒャン、とモフが尻尾を揺らして鳴いた。
オレは代わりにモフにたずねてみる。
「オレは、幸せになっていいのか?」
モフは頭をかしげるだけだった。
帰路に着く。
「あ、おかえりなさいませだど」
本を閉じながらオデが言った。
「ああ」
「どうかなさいましたかど?」
「いや」
オレは夕食を作って、二人と一匹で食べて、モフと遊んだ。
オレは幸せになっていいのだろうか。
いまだその疑問が頭の中に浮かんだまま。
オレはドアをノックする。
「捗っているか」
夜食のパンケーキを机に置いてやる。
オデは昼は掃除をしながら、夜はこの部屋で司法試験に向けて勉強している。
「無理はするなよ」
「ありがとうございますど」
オレは部屋の隅から椅子を持ってきて、オデの隣に座る。
「なにかお話でもしますかど」
オデは勉強の手を止めてオレに向かった。
幸せになっていいのだろうか。
オレは、たずねようとして、やめた。
「いいや、気にせず続けてくれ」
「わかりましたど」
ペンが紙をこする音だけが部屋に響く。
オレが眠気に負けてうとうとしはじめると、オデは抱えて寝室まで送ってくれた。