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第12話

 オレはモフを外に繋いで、パン屋に入った。


「いらっしゃいませ! ……」


 オレを見て店員の女性が固まった。

 失踪したシスター、アンナだった。

 今は糊のきいた白いシャツにエプロンをかけている。シスター服を着ていた頃よりも顔色が良く見える。


「固焼きパンを二つ」

「………」


 オレの注文通りにパンを棚から出して、紙袋へ入れていく。


「銅貨二枚です」


 オレはカウンターに銅貨を置く。

 パンでいっぱいになった紙袋を受け取って、オレは軽く会釈をする。


「ありがとう」

「怒ってますよね」


 アンナは言った。オレは少し答えに迷った。


「……元気そうでよかった」


 アンナは何も言わなかったし、視線もそらしていたが、赤い頬は隠さなかった。





 オレがモフと通りを歩いていると、こちらを見て立ち止まる人間がいた。

 昔なじみのアレスだった。彼の傍らにエプロンドレスを着た少女が立っている。

 ぼさぼさだった髪はくくられて、耳を切られた痛々しい傷跡が見えている。亜人種に対する『正常化』の痕。


「い、今はこの通り鎖もつけてない。法は犯してないぞ」


 オデは留守番中だが、アレスはキョロキョロと周囲を警戒していた。


「孤児院に預けたりはしないのか」

「受け入れられないだろ身重なんて」


 オレは目を見開く。


「っお前……」

「ちがっ、買う前からだ……! 俺のじゃねえって」


 アレスは両手を前に出して否定する。早合点したオレも振り上げた拳を下す。


「トロいしすぐサボるし、ハズレ引かされたと思ってた。いや、医者に診せてなかった俺が悪いんだが。最初からわかってりゃ……いや、そういうことじゃないか」

「なんだ」

「……正式に、家族として迎えるつもりだ。お腹の子供ごと」


 今は奴隷の少女は、スカートの折り目を伸ばしている。


「何をやっても俺がやってきたことは消えないだろうが。できるだけのことをするさ」


 相変わらずの態度だが、アレスの決意は固いようだった。

 彼の言葉を聴いて、オレは、ふっ、と表情を緩める。


「がんばれよ」

「うるせえ」






 オレとモフが家に戻ると馬車が留まっていた。

 シガー家の馬車だ。


「ごきげんよう」


 執事に支えられココが降りて来た。

 彼女はオレの前に立つと、もう一度会釈をした。


「珍しいですね」

「どうしてもオレさんとお話がしたくて」


 テラスに上がるココをオレはエスコートする。


「モフさんもごきげんよう」


 腕に抱えたままのモフにココが言った。だが、モフは庭におりてボールに齧りついた。


「嫌われてしまったわ」


 彼女は笑って紅茶に口をつけた。


「それで、お話したいこととは」

「まあ」


 ココはもじもじと、両手の指を合わせる。


「ただ、なんでもない会話がしたいだけですの。いけませんか?」


 オレは違和感を持った。


「今まではそんなことは、言わなかったじゃないですか」

「これからは改めようと思っただけですわ。婚約者らしくあろうと。そういえば聴きまして?」


 それから社交界で仕入れた噂話がはじまり、違和感はうやむやになった。




 ヒャン。

 庭のモフが鳴いた。


「そろそろ夕食の時間ですね」


 食べていきますか。呼び掛ける前にココは口に手を当てて目を見開いていた。


「ごめんなさい、お話に夢中になってしまって」

「楽しんでいただけたならなにより」


 オレは相槌を打っていただけだが、噂話をしているココはずっと嬉しそうだった。


「また明日」


 そう言うとココは、馬車へと乗り込んで去っていった。

 庭の剪定をしていたオデが植え込みの陰から出て来る。


「ご主人様、お疲れですど?」

「いいや、紅茶を飲んでただけだから」

「そうですかど」


 オデはそれ以上何も言わなかった。


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