カナブン
キャバクラの夢を見た。隣で太めの女が高い酒を勝手に飲みまくる悪夢だ。
結婚してからは行っていないが、これは何かのお告げだろうか?
半目でテーブルに置かれた酎ハイの残りを飲み干すと、妻が居ないことに気が付いた。
薄暗い部屋にに光るテレビでは、ニュースキャスターが俳優の訃報を報じていた。
トイレだろうかと自分もトイレへ向かったが、人の気配が無い。
テーブルに戻り、付けっぱなしのテレビを消そうとして異変に気がつく。
テレビの画面に何か付いている。
それは子どもの頃によく見たカナブンだった。
「──かなえ?」
妻の名を呼ぶ。カナブンに向かってだ。
手のひらに乗せたカナブンの背中には白い文字で『かなえ』と書かれていた。
間違いない。妻だ。
「何故カナブンに──!?」
妻の飲んでいたお酒とつまみの表示を見る。
産地も消費期限もセーフだった。
まだ夢の中なのだろうか?
試しに頬をつねってみたが、痛みはある。
テーブルにピザを切ったナイフが見えたが、流石にこれで確かめる勇気は無かった。
かなえをチョコの箱に入れ、思案する。
これは一体何の試練なのだろうかと。
朝になれば戻るかと思ったが、アラームの音で開けたチョコの箱には、元気なかなえが居た。
第一の試練は家事だった。
それまで分担制で行ってきた家事を、全て一人で熟さなくてはならない。
実質一人分だけだが、気が重かった。
特に洗濯が辛く、カナブンの手も借りたい気持ちになった。
第二の試練は説明だった。
妻の職場には体調不良と伝えたが、治る見込みは無い。
最悪の場合はこのままだろう。
その場合どうしたら良いのか。
納得のいく説明を考える必要があった。
調べたら、カナブンは樹液を餌にするそうだ。
つまりはカブト虫と同じでいい。
カブト虫用のゼリーを買い、ついでにキュウリも入れてやった。
かなえの家となったチョコの箱からは、甘くいい匂いが漂っていた。
「行ってきます」
かなえは箱の中で静かに動いていた。
仕事から帰ると、かなえがひっくり返って死んでいた。
慌てて揺さぶるが、足は動かず光る体がコロコロと転がるだけだった。
妻が──最愛の妻が死んでしまった!
何と言うことだ!
「かなえーーーー!!!!」
叫んだところで意識が途絶えた。
「──!?」
目が覚めると、薄暗い部屋にテレビの光がやけに眩しく感じた。
ニュースキャスターが俳優の訃報を報じている。
妻が床に転がって眠っており、ゆっくりとしたいびきが発していた。。
やはりあれは夢だったのか。酎ハイの残りを手にした時、冷や汗みたいな物が背中を伝った。
トイレへ向かい、妻の頭を撫でると柔らかい匂いがした。
「ほら、寝るならベッドへ行こう」
「……ぬぁ」
寝ぼける妻の背中を起こし、抱えようとした時、我が目を疑う光景を目にした。
「か、かなえ!?」
妻の背中に白い文字で『かなえ』と書かれていたのだった。
「かなえが今度は人間に──!?」
夢か現実か区別が分からなくなる。
夢であって欲しいと、頬を全力でつねった。
「痛い!!」
そんなはずはないと、テーブルにあったナイフで手首を切ってみた!
「いてぇぇぇぇ!!!!」
血が出た。どうやら間違いなく現実のようだ。
何故かなえの背中に名前があるのか。
その疑問を解決する前に、一つ問題が生じたようだ。
「血が止まらない……!!」
どうやら手首を切りすぎたようだ。
「かなえ! かなえ!!」
慌てて妻の名を呼ぶが、妻は寝ぼけたままだ。
「かなえ!!」
妻の背中を蹴飛ばした。
「ん……今蹴ったかい?」
「蹴ってない! 蹴ってないけど手首から血が止まらない!! 助けてくれ!!」
「あ、そ。おやすみ……」
「おい寝るな! 頼むから起きてくれ!!」
止め処なく湧き出る血と焦り。
押さえても指の隙間から血が止め処なく溢れ続ける。
「誰か──!!」
テレビの中のニュースキャスターは、明日の天気を伝えている。
「カナブンで良いから手を貸してくれ──!!」
ニュースが終わり、テレビショッピングが始まった。
この話は2021年6月に書いたまま長らく放置されておりました。過去の私が何故このような話を思い付いて、どうして放置したままだったのかは今となっては分かりません。誰か教えて?
(*´д`*)