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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
一章 暴食の洞窟
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ST6 片鱗

お久ー!うちや、朽木や!

元気しとったか?うちは完全に寝正月やったわ。

あ、因みにうちは関東生まれ関東育ちやねん。つまり、春夏冬さんの関西弁も全部えせやから、そこんとこよろしく頼むわ。ほな…。

「いやほんとにむりですきもちわるいこのおともやだぜつめつしろよまじで」

「……落ち着け! 迷宮で取り乱すのは――――」

「ご法度。分かってます」


 深呼吸するような余裕は無い。ケイブローチは、いつ私達に飛び掛かるかも分からないのだから。

 目を瞑り大きく息を吐く。迷宮で――――いや、これはどのような状況にも当てはまることだが――――取り乱すことにメリットは一つも無い。視野は狭くなり、正常な判断は出来なくなる。自分の命だけならばまだよい。しかし、探索者稼業は個人で行うものではない。一人が誤った判断を取れば、その他全員の命が危ぶまれる。

 大分落ち着いた。ゆっくりと目を開く――――。


「はい、大丈夫です」

「……そこまでか」


 深呼吸の代わりに鼻と耳を塞いだ。無論、その状態で剣を握れるわけもなく、既に鞘に収めた状態である。私の命は、レグルスさんに懸かってる! まぁ死ぬような危険性はケイブローチには無いが。

 半ば呆れたように腰を更に沈めるレグルス。直後、痺れを切らしたようにケイブローチは鳴き、その内の一体がレグルスに飛び掛かった。

 羽音が聞こえずともその威圧感たるや、私が絶叫を上げるに値する。独特な嫌悪感はとても筆舌に尽くしたい。


「うわぁぁぁぁぁぁぁきたぁぁぁぁ!!」

「だから落ち着け!」


 私の様子に、さしものレグルスも少し声を荒げる。

 とはいえ仕方の無いこと。世界は速さを失い、緩慢とした時の中でケイブローチの裏側さえ視界に映り、私は声量をさらに上げた。

 溜息の後、レグルスは小さく息を吸う。

 洞窟の中だと言うのに、一瞬だけ私達の間に風が吹き抜けた。


「――――」


 そして次の瞬間には、足を高く上げた体勢のレグルスと、透明な体液を流し、内臓だろうものを粉々に砕けた甲殻の隙間から覗かせる、壁面に打ち付けられたケイブローチの姿があった。

 唖然。余りにも突然な出来事に、状況を完全に理解するには数秒を要した。

 というのも、私にはレグルスが一瞬で態勢を変え、と思えばケイブローチ、いやケイブローチだったものが壁に瞬間移動していたようにしか見えなかったのだから。

 しかし、結果から何が起こったかを推測することは出来る。

 材料から組み立てるに、つまり私が捉えられぬほどの速度で繰り出されたレグルスの蹴りは、ケイブローチの進行方向と速度を大きく変え、壁に大きく打ち付け絶命に至らしめた。


「はっや」


 事実に至り、再び驚愕する。

 よく創作の世界では、軌跡が見えぬほどの斬撃や、打撃なんて表現を見たことがあるが、実際に眼に出来ることがあるとは思わなかった。

 常識的に考えて、蹴りや斬撃というものは、初速は遅く、その後に最高速度に到達する点があり、そして最後には減速するものではないだろうか。

 しかし私は、その加速と減速の過程すら、目で追うことが出来なかったのだ。

 驚きは、これで終わりではなかった。


「―――――!」


 聞き取り不明な奇声を上げ、ケイブローチ複数体が仇討ちとでも言うようにレグルスに飛び掛かる。

 対するレグルスは涼しい顔だ。

 先程と同じように小さく息を吸うと、どこからか風が吹きすさぶ。

 私は最早ケイブローチなど眼中になく、彼の脚だけに意識を向けていた。


「―――――」


 集中したお陰か、今度は辛うじて視認できた。

 まるで、生物のようにレグルスの脚がうねり、蹴撃を浴びせていくのを。

 ケイブローチを蹴り上げ、蹴り飛ばし、蹴り落とし、蹴り抜き――――。


「惨状……。うっ……ぷ」


 数秒が経った後にあったのは、嫌いながらも僅かに憐憫(れんびん)を掛けてしまうほどの酷い有様だった。

 天井に、壁に、地面に、四方八方に亡骸が張り付いている。それに、どれも等しく甲殻を粉々に砕かれ、内臓と体液を垂れ流しているのもばかりだ。酷いものには、大きな風穴が空いているものまであった。


「先を急ごう」

「アッハイ。そっすね」


 さも何事もなかったの如く、レグルスは先行する。ランタン持ってるのは私なんだけどなぁ……。

 半ば呆れすら抱きならがら、私は小走りでレグルスに追行した。

 強引にレグルスの前に出て、魔法を発動させながら第二層への道を進む。私は案内人。迷宮の正しい道を判別し、罠や敵の存在を見分ける。言わば、迷宮専門の斥候のような役割なのだ。レグルスよりも後ろにいては意味が無い。それではただの荷物だ。

 なんの変哲も無い洞窟をランタンの火が照らす。小さな炎の小さな揺らめきは、この洞窟では少し心細い。

 一般的な天然の洞窟では、地下水などが染み出し、天井から水滴が落ちることがある。何なら、地底湖と呼ばれるような、大きな湖が出来ることもあるが、この()()は訳が違う。

 ここは、前提として建造物の内部、つまりは屋内だ。当然、水が染み出すなどと言うことは無く、この洞窟に水が満ちることは無い。

 だからこそ、ランタンでは無く松明でもいいのだが、これは好みの問題だ。

 決して、過去に松明で火傷した事があるとか、理由がある訳では無いのだ。無いのだよ。

 と、ケイブローチ粉砕事件の現場から、体感で数十分ほど歩いた地点にて、私は妙なものを発見する。

 今度は私が片手でレグルスに静止を促す。彼はどうやら戦闘においてはプロフェッショナルであるらしいが、迷宮の状況や、こういった状況の判別は私も幾許(いくばく)か自信がある。彼もそのことを分かっているのか、私の指示に迷い無く静止した。

 私は慎重に歩み寄り、目を凝らした。ぴちゃり、と、この洞窟では鳴る筈の無い水音が響き、濃厚な死の匂いが鼻腔を刺す。


「うわぁ……」


 そこにあったのは、大量の血痕、そして魂の散った痕跡だ。

 いや、血痕と呼ぶにはまだ早い。なにせ、大量の血液が、洞窟に大きな血溜りを作っていたのだから。

 私の魔法は、散った魂すら判別する事が出来る。散った魂がある場所とは、すなわち死亡現場。何故、何者にかまでは判別は不可能だが、被害者がどのような傷を負い、どのように苦しみ悶えたかくらいは分かる。

 まばらに散った魂の痕跡は、血溜まりに一際大きく散りばめられ、血痕と共に道の先に続いている。それから想像するに――――。


「レグルスさん」

「ん?」

「この血液の主は、急所に攻撃を受けた……または部位を欠損するほどの大きな傷を受けた後、朦朧(もうろう)とした状態で、何者かに連れ去られた……のだと思います」


 この出血量から見るに、急所に傷を受けた、または部位を欠損するような大怪我を受けたとしか考えられない。しかし、魂の残滓から見るに即死する程ではなかった。

 よく見れば、魂の残滓は一つではない。

 この出血の大怪我ならまともに歩けまい。つまり、何が目的かは知らないが、出血の主は傷を受けたその後、この先へ連れ去られている。


「何か心当たりは?」


 そう問いを投げたのは、この惨状を生み出した犯人がレグルスであると疑っているからではない。

 迷宮は、未だ解明できていない人類の大きな謎の一つだ。如何にして魔物が生まれ、どう繁殖し、どう息絶えるのか。建材や、技術、建造されたその目的さえも。

 故に迷宮では、例え慣れ親しんだ階層であろうとも今まで確認されたことの無い新たな生物が出現することがある。

 探索者ギルドが編纂(へんさん)する魔物の辞典のようなものはあるが、大抵は役に立たず新たに魔物がそこに載るのは、探索者内で広く知られた後だ。同じ魔物の話をしていたら、その実特徴の似た違う魔物の話であった。などという話もある。

 この階層で私が知る魔物の中に、人体に大量出血を強いるような、大きな力を持っているような魔物に心当たりが無い。いや、一匹いるが、奴は通常の魔物ではない。

 奴である可能性を弾きたかった。だからこそ、彼に問いを投げたのだ。

 レグルスは低く唸った後、小さく首を横に振る。どうやら彼も、このような惨状を作る通常の魔物に、心当たりは無いようだ。

 ならば、答えは我々が望んでいない方向に行き着く。


「……レグルスさん」

「あぁ」


 カリメアの迷宮第一階層における、生態系の頂点と言ってもよい。

 圧倒的な力を有し、さらに並の動物を凌ぐ程の知性を持ち合わせるという、遭遇すれば誰もが死を覚悟する凶悪な魔物の一匹。

 人間、武具や食器などの金属、火の付いたランタンに至るまで、目に付くもの全てを喰うとされており、畏怖を込めてか、付いた名は「大喰らい」。

 二つ名持ちの魔物の、一匹に数えられている魔物だろう、と。

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