ST61 目的
作戦は見事成功を収めた。
水の巨槍の直撃により怪物は小刻みに震えながら動きを止め、私は大地が迫る中でさらに水の魔法を駆使して勢いを殺し、カペラにより受け止められ生還。
動かなくなったその隙を見計らい、我々は戦線を離脱した。レグルス、カペラの二人は後に来るだろう葬送の偵察の為付近に潜み、私とベリィはそのまま葬送の本拠地、城の敷地内にある宿舎へと。
そして、一夜が明ける。
「無理しすぎだよテルミニ……」
「いっ……つ」
ベグラトが私の身体の至る所に付いた裂傷に、消毒綿を当てながら呆れたように告げる。
消毒液が傷口に染み、刺すような痛みが迸った。ただこれも傷を早く治療するためだという事は分かっている。痛みに身を反らしたくなる気持ちを押さえ付け、私はベッド上に座る姿勢を正した。
「まぁそれも仕方ないだろう。うちの初名もあの様だ、百合とレグルス殿が付いていたとは言え、それ程に強力な相手だったという事だよ」
壁にもたれかかりながら腕を組んでいたルルディがそう告げる。
こちら側の被害は全身の裂傷と打撲傷。そして、肋骨が二本骨折らしい。一方ベリィは私と同じような全身の裂傷と打撲は軽いものの、魂流ノ破による反動が大きく、一夜明けた現在も意識が覚醒していないらしい。
ベグラト曰く命に別状は無いらしいが、それでも心配は尽きない。
「取り敢えず、暫く部屋から出るの禁止だね。僕とルルディさんで、如月さんに説明しておくよ」
「シナリオは出来てる、私たち以外が君の元に来ることは無い。安心して休んでくれ。では」
手際良く消毒綿を片付け、足早に去っていく二人。恐らくは、ベリィの様子を見に行くのだろう。彼女に充てられた部屋は、私の隣なのだ。
葬送の狩人はてっきり全員城の内部で生活しているのだと思っていたが、実際には違う。序列的に上位であるイや、ロの隊等を除く隊の構成員は、全員城の敷地内に立てられた宿舎にて生活しているのだ。
メの隊である私達も、例外は無い。
私はピリリと突くような痛みに胸部を抑えながら、上体をベッドに預ける。
この身体ではすることも無い。両手を頭の下に沿え、天井を見上げながら。時計が規則的に時間を刻む音だけを聞いていた。
そうして、暫くの時が過ぎる。
「ん?」
窓ガラスが何者かに叩かれたように三度乾いた音が鳴る。
視線を向ける。そこには、逆さまにぶら下がる狼の姿があった。その黒い肉球でかさかさと爪を突き立て、ガラス戸を開けようと苦心している。
「……犬、いや……狼?」
テルミニは不思議そうな顔をしつつも、どこか見覚えのある面影を持つその狼をじっと見つめる。漆黒の体毛に、光が差したかのような純白の毛が混ざっているその狼は、どこか気品を感じさせる。
尚も爪をガラス面に突き立てるその様は、どうやらテルミニが休むこの部屋に侵入したいらしい。ここは、宿舎の二階だと言うのに。
「……ったた」
痛みを我慢しつつ、テルミニはベッドから身体を起こし緩慢とした動作で窓ガラスを開ける。
途端に狼は猿のように部屋に飛び込み、衣服が何着か仕舞われたクローゼットの中に飛び込む。そして、肉球を使い器用に扉を閉めた。
「え……何なの?」
部屋に入りたがる狼の目的は、どうやらクローゼットだったらしい。
最近移り住んだばかりだが、そこには狼が欲しがるような食べ物は何一つとして無い。と、テルミニは首を傾げる。
「ご無礼を……――――」
何処からか、部屋の中に声が響く。
「――――……致しましたわ!!!」
蹴り開けたかの如き勢いでクローゼットの扉が開いた。そこにいたのは、少し小さな葬送の白装束に身を包み、無邪気な笑顔を見せる他でも無いカペラ・トラウゴットがいた。
身に纏うそれはテルミニの物として調節された物であり、テルミニを凌ぐ上背と豊満な双丘を宿す彼女の身を包み込むには些か小さすぎる。今にも胸部の布が力強く引っ張られるような異音が鳴っている。
「あぁ……ちょっと、いやかなり小さいですわね。これでは動けませんわ……」
「……カペラさん?」
「えぇ失礼、衣装を拝借させていただいてますわ! 実は、レグルス様に代わり昨夜の報告に上がりましたの! ついでに、柊に会っておきたかったのですが、いないようですわね……ちょっと寂しいですわ」
言葉通りに寂しそうに、彼女は無邪気な笑みを曇らせる。色鮮やかな表情である。そんなことを思う内に、彼女は昨夜のその後様子を語り始めた。
◆~~~~~◆
「詰まる所、失敗ですわ!」
「……」
「テルミニさんのあの水の槍、威力が高すぎましたの。あのまま動かなくなりましたわ!」
そう聞かされても、驚きは無い。実の所大きな憂いとして、今まで思っていたことであったのだから。
「ん……必死でしたからね。とにかく高い威力をと思いまして」
上空、落下の最中に幾度も雲より水を集めていき、怪物へと放った水の槍。重力加速と水の硬さを合わせ、私が出来るだけ大きな隙を作れれば。
そう思いやったことであったが、些か見誤っていたようである。大聖槍は想定以上の威力を叩き出し、怪物を屠るに至ったという訳である。
「ですが……あれは滾りましたわァ!!」
「へ?」
「あの質量! 威力! 空気を震わす轟音! 滾りますわ! たぎたぎですわ!」
「……」
「事が終われば、是非手合わせをお願いしたいですわ! よろしくて!?」
「え、私とですか? 無理ですよ……流石に」
百合あからさまに不服そうに表情を曇らせる。あれは、あれしか対処のしようが無い怪物相手だからこそ取った行動だ。もう二度と、やろうとは思わない。
「まぁ……また今度頼むことにしますわ!」
「え、いやそういう問題じゃ……」
「報告に戻るのですけれど、一つ気になる事がありますの!」
人の話を聞かない人だなとは思いつつも、テルミニの意識は百合の言う気になる事に持ち去られる。
「……気になる事ですか」
「えぇ! 怪物が死んだ後も私達は監視を続けていたのですが、あの場所まで来たのはたった一人でしたわ!」
「一人……」
「えぇ! 見間違いはありませんわ! 嫌な予感がして逃げたので、その後は分かりませんが!」
待機していたルルディ、そしてレグルスらに救援を求めた後のベグラトは、葬送に出動を促す担当であった。
葬送に詳しくない私は仔細を聞いている訳では無いが、その方法が失敗するリスクは限り無く低いらしい。となると、報告が一部の人間にしか届かなかったという訳では無いだろう。
どこかでルルディの報告を堰き止め、たった一人で事態の解決を図った人間がいる。
それが誰か。それぞれの隊の長はそれなりの権限を持つと聞くし、考えられるだろう。ただ、それよりも可能性の高い人物がいる。
「小鳥遊……」
小鳥遊が秘密裏に事を解決しようとしたのならば、一つ分かる事がある。
魂狩りは確かに葬送全体に科せられた最重要任務だ。だが、件の魂狩りの深層にて絡む怪物を秘匿したいという事は、その任を遂行する大部分の葬送は、魂狩りの真意については知らされていないということだろう。
それを葬送の前で暴けば、葬送という組織を分断できる可能性まで。
「ありがとうございます」
「礼には及びませんわ! では、これにて失礼致しますわね! 真神の諸相!」
百合はそう告げると再びその姿を狼に変貌させ、勢いよく窓外へ飛ぶ。
どうやら彼女は、自身を狼の姿と人間の姿に意のままに変えることが出来る能力を持っているらしい。そう言えば、先刻まで話していた彼女の頭頂部に狼の耳は無かった。どこをどう、狼に変えるかまで思うが儘なのだろうか。
それよりも、目標は定まった。
私は再びベッドに身体を預ける。
葬送に潜伏しつつ春夏冬の情報を集め、作戦を遂行していく。そして並行して、魂狩りの真相を暴き出す為に裏から手を回す。
「テルミニまずい茉莉花が来た! 例の色付き水を頼む!」
ベグラトが激しい足音を鳴らしながら部屋に飛び込んでくる。そう言えば、私がいない間は、髪と瞳を黒く染めることは出来なんだ。いつものように意識を失わず良かった。もし眠っていれば、べグラトも行動が出来なくなっていた。
シナリオとやらはどうなっているんだと思いつつ、私はハイハイと再び上体を起こす。そして、手元に置いてある黒い水の入った小瓶を開けた。
三章、これにて閉幕です。
ブクマ、感想、その他諸々。よければよろしくお願いしたします。では。




